祈りを紡ぐ明日から


ひよりと買い物に来た。やっぱり娘はいい。息子たちももちろん可愛い。けれど、こうして一緒に服を選んだり、他愛ない話をしながら歩いたりする時間は、娘だからこその幸せだった。店先に並ぶピンク色の花柄のワンピースが目に入る。――可愛い。思わず手に取った。ひよりは、ピンクが好きだもの。昔からそうだった。ランドセルも迷わずピンクを選んだ。洋服はいつもワンピース。遠足の日までワンピースを着たがって、説得するのが大変だったこともある。
「私、こっちのほうがいいな」
ひよりが手に取ったのは、水色のワンピースだった。違う。そっちじゃない。
「ううん。ひよりはピンクがいいわ。絶対にピンク」
そう言って、ピンクのワンピースを差し出す。だって、ひよりはピンクが好きなんだから。水色じゃない。ピンクじゃないと――ひよりじゃない。
そうだねと、笑うひよりにホッと胸を撫で下ろし私はそのワンピースをレジに持って行った。


弘文さんは、ときどきこっそりひよりにチョコレートケーキを買ってきていた。キッチンのごみ箱に捨てられた箱と、透明なフィルムについたチョコレートクリームを見て気づいた。どうして?ひよりは、イチゴのショートケーキが好きなのに。
その夜、布団に入っても胸のざわめきは消えなかった。ひよりはピンクが好きで、イチゴのショートケーキが好きで、可愛いものが好きで――。なのに。最近、ときどき思ってしまう。目の前にいる娘が、知らない子に見える瞬間がある。違う。そんなはずない。ひよりはここにいる。私の娘だ。お腹を痛めて産んだ。つわりがひどくて、生まれたときは未熟児で、小さな身体が心配でたまらなかった。それでも元気に育ってくれた。
「お母さん」と甘えて抱きついてきて、朝陽の後ろを追いかけて、夕燈の図鑑を勝手に持ち出しては二人を困らせて。可愛くて、愛おしくて。世界で一番大切な娘だった。だから違う。違うはずがない。そう言い聞かせても、胸の奥で何かが静かに軋んでいた。


アルバムを開く。幼い頃のひより。ピンクのフリルのワンピース。二つ結びの髪。満面の笑み。隣では朝陽が不機嫌そうな顔をし、夕燈は控えめに笑っている。懐かしい。ページをめくる。その手が、不意に止まった。――ない。アルバムは、そこで終わっていた。その先の写真が、一枚もない。胸がざわつく。慌てて別のアルバムを開く。朝陽と夕燈、そしてひよりが並んでピースをしている写真。ひよりは少し照れたように笑っていた。……あれ。こんな笑い方、していただろうか。ひよりなのに。ひよりじゃない気がする。違う。違う。ひよりはここにいる。私の娘だ。自分に何度も言い聞かせながら、アルバムを静かに閉じた。

八月。夏休み。朝、「図書館に行ってくる」と笑って出ていったひよりが、二十一時になっても帰ってこなかった。朝陽とも、夕燈とも一緒じゃない。電話をかけても繋がらない。こんなことは、初めてだった。胸の奥で、嫌な予感がゆっくりと膨らんでいく。その瞬間。頭の奥に、ひとつの光景がよみがえった。ぽっかりと空いた穴。浅い水に浮かぶ、小さな少女。――違う。違う。あれは、ひよりじゃない。あれは、何かの間違い。そう思おうとしても。帰ってこない。その事実だけが、胸を冷たく締めつけていった。