祈りを紡ぐ明日から

京子 side
ご飯の炊ける音が響き、味噌汁の湯気が立ちのぼる。焼き鮭に卵焼き。いつもの穏やかな朝だった。カーテンの隙間から差し込む朝日が、食卓をやさしく照らしている。
「おはよう」
「おはよう、弘文さん。これ、お弁当」
「いつもありがとう」
穏やかで優しい夫。仕事も家庭も大切にしてくれる人だった。弁護士という忙しい仕事をしながらも、家族との時間を欠かさない。生活に不自由はなく、この幸せな毎日が、ずっと続くのだと信じていた。
「おはよう、母さん」
制服をきっちり着こなした夕燈がリビングへ入ってくる。幼い頃は喘息で入退院を繰り返し、心配ばかりしていたけれど、今では学校にも通え、日常生活にも支障はない。成績はいつも学年トップ。弘文さんと同じ弁護士を目指している。穏やかで聡明なところは、きっと父親譲りなのだろう。
「朝陽、おはよう」
「……」
朝陽は何も言わずに席に着いた。夕燈とよく似た顔をしているのに、性格は正反対。最近は反抗期なのか、あまり口をきいてくれない。それでも勉強も運動もでき、友達や先生からの信頼も厚く、生徒会役員まで務めている。だから朝陽は、大丈夫。そう思っていた。
「お母さん、おはよう!」
弾むような声が響く。
「ひより、おはよう」
長い髪。可愛いものが好きで、ピンク色がよく似合う娘。この子が笑うだけで、家の中がふわっと明るくなる。――幸せ。心から、そう思っていた。

朝陽と夕燈の誕生日は十一月十一日。ひよりは十一月十三日。だから毎年、十一月十三日に三人まとめて誕生日を祝っていた。小さなホールケーキを三つ並べ、それぞれに「朝陽」「夕燈」「ひより」とチョコレートで名前を書いてもらう。その光景は、ずっと変わらないはずだった。
けれど――。年を重ねるごとに、どこか小さな違和感が胸に積もっていった。朝陽は不機嫌そうにそっぽを向き、夕燈はどこか困ったように笑い、ひよりもまた、どこか曖昧に笑う。昔のひよりは、イチゴショートが大好きだった。お兄ちゃんたちのケーキに乗ったイチゴまで欲しがって、よく取り合いになっていたくらいだ。だから、何気なく口にした。
「ひより、もうお兄ちゃんたちのイチゴは取らないようになったの?」
その瞬間だった。食卓の空気が、ぴたりと止まる。朝陽は何も言わず、自分のケーキのイチゴをフォークで突き刺すと、そのまま一口で口へ運んだ。――取られたくなかったのかしら。そんなことを思っていると、
「まあ……そうだね」
ひよりは少しだけ困ったように笑った。夕燈も穏やかに微笑む。
「そうだよ、母さん。ひよりも、もう大人なんだから」
そう言った夕燈の横で、弘文さんだけが静かに目を伏せていた。その横顔に、胸の奥が少しだけざわつく。何かがおかしい。そう感じるのに、気づかないふりをした。