いつか、本当のことを話さなければならない。ちゃんと日和と向き合わなければならない。頭ではわかっている。それでも――京子がまた壊れてしまうかもしれないと思うと、どうしても決心がつかなかった。
朝陽も夕燈も、何も言わない。責めることも、急かすこともなく、この歪な家族を黙って受け入れてくれている。だからこそ、私は息子たちの優しさに甘えてしまっていた。
「朝陽……夕燈。明後日だが」
ちょうどリビングにいた二人へ声をかける。
「うん、わかってる」
「……ああ」
夕燈は穏やかに微笑み、朝陽は短く頷いた。
八月六日――ひよりが亡くなった日。
京子と日和に気づかれないよう、喪服をバッグへしまい、何事もないように家を出る。朝陽と夕燈も、同じように普段着のまま駅へ向かっていた。駅で合流し、電車を乗り継ぎ、そこからタクシーに乗る。車内は、いつも静かだった。誰も口を開かない。言葉にしてしまえば、心の奥に押し込めてきた後悔まで溢れてしまいそうだったから。墓前へ花を供え、静かに手を合わせる。
――ひより、ごめんな。守れなくて、ごめん。こんな情けない父親で、ごめんな。ミンミンゼミの鳴き声が、夏空いっぱいに響いていた。汗が背中を伝う。それでも額を下げたまま、しばらく顔を上げることができなかった。帰り道も、誰一人として言葉を交わさない。駅へ着き、二人を降ろす。
「私は少し仕事をしてから帰る。二人とも気をつけて帰りなさい」
「うん、わかった」
「ああ」
歩いていく二人の背中を見送る。まだ十七歳なのに、その背中はあまりにも重いものを背負っているように見えた。ひよりを守れなかったという罪を。そして、日和に真実を隠し続けているという罪を。そうさせているのは…私だ。
◇
数日後。書斎へ入り、植木鉢の下に隠していた鍵を取り出す。引き出しを開け、書類を確認しようとした、そのときだった。
「……ない」
思わず声が漏れる。ひよりが写っていた家族写真が、消えていた。あの日、笑顔で写る五人の写真。何度も見返してきた、大切な一枚。胸がざわつく。いや……まさか。誰かが、この引き出しを開けたのか。脳裏に、一人の顔が浮かぶ。――日和。ゆっくりと首を振る。考えすぎだ。そう自分に言い聞かせながら写真立てを探したが、どこにもなかった。静かに引き出しを閉め、鍵をかける。胸の奥のざわめきだけは、どうしても消えなかった。何かが少しずつ動き始めている。そんな嫌な予感だけが、心の中で静かに膨らんでいった。
朝陽も夕燈も、何も言わない。責めることも、急かすこともなく、この歪な家族を黙って受け入れてくれている。だからこそ、私は息子たちの優しさに甘えてしまっていた。
「朝陽……夕燈。明後日だが」
ちょうどリビングにいた二人へ声をかける。
「うん、わかってる」
「……ああ」
夕燈は穏やかに微笑み、朝陽は短く頷いた。
八月六日――ひよりが亡くなった日。
京子と日和に気づかれないよう、喪服をバッグへしまい、何事もないように家を出る。朝陽と夕燈も、同じように普段着のまま駅へ向かっていた。駅で合流し、電車を乗り継ぎ、そこからタクシーに乗る。車内は、いつも静かだった。誰も口を開かない。言葉にしてしまえば、心の奥に押し込めてきた後悔まで溢れてしまいそうだったから。墓前へ花を供え、静かに手を合わせる。
――ひより、ごめんな。守れなくて、ごめん。こんな情けない父親で、ごめんな。ミンミンゼミの鳴き声が、夏空いっぱいに響いていた。汗が背中を伝う。それでも額を下げたまま、しばらく顔を上げることができなかった。帰り道も、誰一人として言葉を交わさない。駅へ着き、二人を降ろす。
「私は少し仕事をしてから帰る。二人とも気をつけて帰りなさい」
「うん、わかった」
「ああ」
歩いていく二人の背中を見送る。まだ十七歳なのに、その背中はあまりにも重いものを背負っているように見えた。ひよりを守れなかったという罪を。そして、日和に真実を隠し続けているという罪を。そうさせているのは…私だ。
◇
数日後。書斎へ入り、植木鉢の下に隠していた鍵を取り出す。引き出しを開け、書類を確認しようとした、そのときだった。
「……ない」
思わず声が漏れる。ひよりが写っていた家族写真が、消えていた。あの日、笑顔で写る五人の写真。何度も見返してきた、大切な一枚。胸がざわつく。いや……まさか。誰かが、この引き出しを開けたのか。脳裏に、一人の顔が浮かぶ。――日和。ゆっくりと首を振る。考えすぎだ。そう自分に言い聞かせながら写真立てを探したが、どこにもなかった。静かに引き出しを閉め、鍵をかける。胸の奥のざわめきだけは、どうしても消えなかった。何かが少しずつ動き始めている。そんな嫌な予感だけが、心の中で静かに膨らんでいった。

