祈りを紡ぐ明日から

仕事にも復帰できるようになった。京子は日和を迎えてから少しずつ笑顔を取り戻し、家の中にも穏やかな時間が流れるようになった。毎朝用意してくれる朝食と弁当。仕事から帰れば、温かい夕食が並んでいる。きれいに掃除された部屋。その何気ない日常が、どれほどありがたいものだったか。失って初めて、その尊さを知った。
ただ――京子は時折、こう口にした。
「ひよりはショートケーキが好きよね」
その言葉を聞くたび、胸が少し痛んだ。ある日、日和と二人で外食へ行った。
「好きなものを頼みなさい」
そう言うと、日和は迷うことなくチョコレートケーキを選んだ。最初は偶然だと思った。けれど家でも、日和が手を伸ばすのはチョコレートのお菓子ばかりだった。朝陽も夕燈も、それを知っているのだろう。ホワイトデーには決まってチョコレート菓子を贈っていた。
――日和は、ショートケーキじゃない。その事実が、小さな棘のように胸へ刺さった。だからなのか。罪悪感からなのか。仕事休憩に、たまにチョコレートケーキを買って帰るようになった。すると日和は、満面の笑みを浮かべる。
「お父さん、ありがとう! いつもお仕事お疲れさま!」
その笑顔を見るたび、胸が締めつけられた。こんなことをしたところで、罪が消えるわけではない。それでも、喜ぶ顔を見たかった。

日和は幼い頃、虐待を受けていた。そして事故で頭を強く打った影響で、幼少期の記憶は曖昧になっている。だから今も、自分はこの家に生まれた娘だと信じている。もし、養子だと知ったら。もし、自分がひよりの代わりとして迎えられたと知ったら。そう思うだけで、恐ろしくなった。時が経つにつれ、血の繋がりなんて関係なくなっていた。日和は、間違いなく私の娘だった。大切に育ててきた。大切に思ってきた。だからこそ、怖かった。真実を知った日、日和は私を許してくれるだろうか。もう「お父さん」と呼んではくれないのだろうか。そんなことばかり考えてしまう自分が、情けなかった。


仕事をしていると、事務の浜口さんが机を覗き込んだ。
「掛上先生、そのマグカップ可愛いですね」
視線の先には、机の上に置いたマグカップ。日和が描いてくれた私の似顔絵が印刷されている。驚くほどよく似ていた。
「ああ、娘がプレゼントしてくれたんです。気に入っていてね」
自然と笑みがこぼれる。
「素敵ですね」
浜口さんも嬉しそうに笑った。
「それでは、依頼主のところに行ってきます」
そう言って席を立つ。廊下へ出ようとした、そのときだった。背後から小さな声が聞こえてきた。
「ねえ、掛上先生の娘さんって……昔、亡くなったわよね?」
「えっ、そうなんですか?」
「でも今、『娘がくれた』って……」
少しの沈黙。そして、さらに声を潜めて。
「……養子らしいわよ。同じ名前で、同じくらいの歳の子を引き取ったって」
「それって……」
その先は、誰も口にしなかった。聞こえないふりをして歩き続けた。けれど、一言一言が胸に突き刺さり、いつまでも離れなかった。