祈りを紡ぐ明日から

その後、母は壊れた。ひよりを失ったのは自分のせいだと、何度も何度も自分を責め続けた。俺は言えなかった。ひよりと喧嘩をして、「出ていけ」なんて言ってしまったことを。朝陽も、自分が置いていったせいだと責めているようだった。父も限界だった。家の中は荒れ果て、母は泣き叫びながらコップや皿を割り、自分を傷つけようとした。俺の喘息も悪化し、また入院することになった。病室に来た父は、ひどくやつれていた。目の下には深い隈ができ、笑おうとしても笑えない。その姿を見ているだけで、胸が苦しくなった。だから俺は、父に話した。
「日和っていう子に、ここで会ったんだ。歳もね、ひよりと同じなんだ。木漏れ日の家ってところにいるんだ。元気になったら、会いに行く約束をしたんだよ」
父は驚いたように目を見開いた。それからしばらくして。
父と母、そして朝陽と一緒に、木漏れ日の家を訪れた。日和を見た母は、涙を浮かべながら抱きしめた。まるで、本当の娘に再会したみたいに。優しくて、穏やかで、素直に笑う日和を見ていると、母も少しだけ笑えるようになっていった。日和は、俺のことを覚えていなかった。父から聞いた。交通事故で頭を強く打ち、それ以来、幼い頃の記憶が曖昧になることがあるらしい。少し寂しかった。それでも、また会えたことが嬉しかった。ひよりが背負うはずだったピンクのランドセル。それを、日和が背負うようになった。母はまるで、ひよりが生きて帰ってきたかのように接した。昔からこの家にいた子どものように。自分が産んだ娘のように。それが正しいことなのか、俺にはわからなかった。胸が苦しくて、痛かった。

だから――。日和を祠へ連れて行った。朝陽のふりをして。朝陽として伝えた方が、嫌われない気がした。その方が、日和も受け入れてくれる気がした。……なんて、ずるいんだろう。こんな弱くて、卑怯な自分が嫌だった。
「お前は可哀想だよ」
朝陽の声を真似して言う。
「代わりにされてるんだよ。ひよりの代わり」
日和は首をかしげた。
少しだけ悲しそうな顔で言う。
「私は日和だよ?どうしてそんなこと言うの?夕燈」
その瞬間、心臓が止まりそうになった。
「どうして……わかったの?」
震える声で尋ねる。日和は迷うことなく笑った。
「わかるよ。朝陽と夕燈、似てるけど違うもん」
少し考えるように俺を見つめて、
「朝陽は、いつも不機嫌そう。でも夕燈は……いつも寂しそう」
そう言った。胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。自分でも気づいていなかった孤独を、この子は見抜いていた。俺は、一度だって日和を「代わり」だと思ったことはない。でも母は違う。母は、ひよりの面影を日和に重ねている。その事実が、いつか日和を傷つける。それが怖かった。
「でもやっぱり……ひよは可哀想だよ」
声が震えた。ひよは、ゆっくり首を振る。
「私、夕燈に会えて嬉しいよ。だから可哀想じゃない」
その一言が、胸の奥の暗い場所へ、そっと光を落とした。どうして、この子はこんなにも優しいんだろう。気づけば、誰にも話したことのない罪を口にしていた。
「……僕が妹を殺したようなものなんだ」
喉が詰まる。
「喧嘩をして……『出ていけ』って言った。そのあと、ひよりは事故に遭った」
声は情けないくらい震えていた。それでも、ひよは責めなかった。驚きも、非難もせず、ただ静かに俺の言葉を受け止めてくれた。