祈りを紡ぐ明日から

「ねぇ、ひより見なかった?」
母が不安そうな顔で部屋を覗き込んだ。
「さっきまでここにいたけど……そのあとなら知らない」
「うそ……。てっきり夕燈と一緒にいるのかと思ってた」
母の声が少し震えている。その直後、玄関の扉が開いた。
「ただいまー」
朝陽だった。
「朝陽、ひよりは?」
「え? 一緒じゃないよ。サッカーの試合だったし」
その一言で、母の表情がさっと変わる。
「どこへ行ったのかしら……」
家の空気が、一瞬で張り詰めた。父も戻り、すぐに警察へ連絡する。家の周りを何度も探した。名前を呼んでも返事はない。近所の人にも聞いて回った。それでも見つからなかった。胸の奥が苦しい。
「ゴホッ……ゴホッ!」
激しく咳き込み、その場に膝をつく。息が吸えない。苦しい。
「夕燈!」
父が慌てて駆け寄る。
「一回家に戻ろう」
「夕燈、吸入器」
朝陽は迷いなく俺の鞄を開け、吸入器を取り出して手渡してくれた。震える手で受け取り、ゆっくり息を吸う。少しずつ。少しずつ呼吸が戻ってくる。そのときだった。頭の奥で、何かが繋がる。――祠。「お願いごと、叶うかな?」そう笑っていたひよりの顔が浮かんだ。
「……もしかしたら」
息を整えながら声を絞り出す。
「祠かもしれない」
母が顔を上げる。
「河川敷の……あの祠」
その瞬間、母の顔から血の気が引いた。
「祠……?」
父は何も言わず俺を背負う。
「行くぞ」
全員で走り出した。河川敷までの道が、永遠みたいに長い。
「あそこ……!」
震える指で祠を指差す。川を渡る。小さなトンネルを抜ける。湿った空気がまとわりつく。祠が見えた。
「ひより!!」
母の悲鳴が夜に響く。父の肩がびくりと震えた。その震えが、背中越しに伝わってくる。
「……ひより」
掠れた声だった。父は俺をそっと地面へ降ろす。震える足で、一歩、また一歩。祠の中央。前日の雨で水が溜まった浅い窪み。その中に、小さな身体が倒れていた。
「ひより……!」
父は駆け寄り、その身体を抱き上げる。濡れた髪が父の腕に張りついた。
「ひより!」
何度も名前を呼ぶ。返事はない。父は地面へそっと寝かせると、震える手を胸へ重ねた。
「大丈夫だ……」
声が震えている。
「大丈夫だから……!」
祈るように。願うように。何度も胸へ手を重ねる。
「戻ってこい……!」
母はひよりの冷えた手を握り締めたまま泣き崩れた。朝陽は祠の入口で立ち尽くしている。顔は真っ青だった。
「母さん! 救急車!」
父の叫びで、母は震える手で携帯電話を取り出す。ひよりの白い顔だけが、月明かりに照らされていた。世界から音が消えた。風も。虫の声も。自分の鼓動さえも聞こえない。ただ、ひよりだけが、そこにいた。