祈りを紡ぐ明日から

病院の帰り道だった。母が近所の人と立ち話を始める。……長くなりそうだ。ふと視線を向けると、河川敷の向こうに小さなトンネルが見えた。その先が気になって、そっと歩き出す。
「ゆうひ、まって!」
ひよりも嬉しそうについてくる。トンネルを抜けると、そこには小さな祠がぽつんと建っていた。
「こんなところに……」
そっと中へ入る。薄暗い祠の中央には、一メートルほどの窪みがあった。雨が降ったら危ないな。そう思いながら辺りを見回す。
「ここ、あいてる」
ひよりが祠の中央を指さした。見ると、三センチほどの丸い穴が空いている。
「ほんとだ」
しゃがみ込んで覗く。
「何かはまってたのかな」
「そのカケラ見つけたら、お願いごと叶うかな?」
きらきらした目で見上げられる。そんなわけない。そう思いながらも、
「……どうだろうね。叶うかもしれない」
曖昧に笑った。
「ひよりー! 夕燈ー!」
母の呼ぶ声が聞こえる。
「いこ!」
ひよりが俺の手を握る。その小さな手を握り返し、一緒に祠をあとにした。
「何してたの?」
母が笑って聞く。
「内緒!」
ひよりは得意げに笑った。
「そう」
母も笑う。何気ない、いつもの帰り道だった。


数日後。朝陽はサッカーの試合へ出かけた。ひよりも追いかけていったけれど、置いていかれたらしく、しょんぼりして戻ってきた。
「ゆうひー! 遊ぼ!」
部屋の扉が勢いよく開く。ちょうど、お父さんに買ってもらった新しい昆虫図鑑を読んでいるところだった。
「今日はこれ読むから、あとでね」
そう言っても、
「やだ! わたしもみる!」
ひよりは図鑑を覗き込み、そのままぐいっと引っ張る。
「ちょっと!」
思わず俺も力を入れる。元気に走れて。好きなところへ行けて。朝陽とも遊べて。俺にはできないことを、ひよりは全部できる。なのに。俺の楽しみまで取るのか。ビリッ。嫌な音が響いた。
「あ……」
ひよりが慌てて手を離す。
「わ、わたしじゃないもん」
その一言で、何かが切れた。
「出ていって」
「ゆうひ……?」
涙を浮かべるひよりが見える。でも、止まれなかった。
「出ていけって言ってるでしょ!」
息が苦しい。胸が熱い。怒っているのか、悲しいのか、自分でもわからなかった。
「ゆうひのばか!」
泣きながら、ひよりは部屋を飛び出していく。部屋には静寂だけが残った。俺は破れた図鑑を見つめる。
「……テープで貼れば、大丈夫かな」
そう呟いて、破れたページを丁寧に貼り合わせる。少し皺は残ったけれど、読めなくはない。よかった。そう思いながら図鑑を眺めていた、そのとき。
コン、コン。部屋の扉が静かに叩かれた。
「……ひより?」
謝りに来てくれたのかと思い、俺は少しだけ立ち上がった。