祈りを紡ぐ明日から

掃除が終わり、教室のざわめきが一気にほどけていく。私はカバンを肩にかけ、吉川が手を振った。
「じゃあな、掛上」
「またね」
廊下に出ると、夕方の光が差し込み、校舎の影が長く伸びていた。裏庭を抜ける近道へ向かう。人が少なくてお気に入りの場所——のはずだったのに。
「あの、好きです。付き合ってください。」
震えた声が耳に飛び込んできた。うわ、告白現場。しかも相手は朝陽。ほんと、モテるな。気づかれずに帰りたいけど、この道を通らないと家に帰れない。仕方なく植え込みの影にコソッと隠れる。
「ごめん。いまそういうの興味ない」
朝陽のはっきりした声。
「そうですか。失礼します」
小柄で可愛らしい子が肩を落として去っていく。その背中が見えなくなるまで息をひそめた。ふー……。
「おい」
「わあ!」
背後から声がして、思わず飛び上がる。
「盗み聞きとは良い趣味してるな」
「朝陽が私の近道にいるのが悪い」
「そんな訳あるか」
朝陽は呆れたように眉を下げる。でも怒っているというより、ちょっと笑ってる。
「帰るぞ」
「うん」
二人で歩き出すと、夕方の風が制服の裾を揺らした。
「なぁー、ラーメン食いに行こうぜ」
「え?いいの?夕燈は?」
「今日病院だから先に帰った。いいだろ?家だと体に良いものしか出ないし」
「それはお母さんが夕燈のためを思ってでしょ」
「たまには背脂を摂取したいんだよ」
「まあ、わからなくもないけど」
お母さんの料理は健康的なものばかり。品揃えも豊富だし、いつも手が込んでる。でも朝陽の言うように、たまには脂ぎったものも食べたくなる。
「なら行こうぜ。夕飯いらないってメールしたから」
朝陽はスマホを取り出し、慣れた手つきで文字を打ち込む。早いな……。そして学校から少し離れたラーメン屋に二人で入る。店内は湯気で少し曇っていて、豚骨スープの濃い香りが鼻をくすぐった。テーブル席には部活帰りの男子が数人、笑いながら麺をすすっている。私達はカウンター席に並んで座る。
「何にする?」
朝陽はメニューを見ながら言う。
「うーん。朝陽のおごり?」
「仕方ねぇな」
口は悪いけど、なんだかんだ優しい。
「じゃあ、豚骨ラーメンでトッピング全部乗せにする」
即答した私に、朝陽が呆れた目を向ける。だって、せっかく食べるなら思いっきり脂を摂取したい。
「お前…な。食い過ぎだろ。すんませーん、豚骨ラーメン、トッピング全部乗せ二つ」
「はいよー」
注文を終えると、朝陽はカウンターに肘をつく。
「同じのにするんじゃん」
ふっと鼻で笑う。
「いいだろ。美味いんだから」
やがて湯気をまとったラーメンが目の前に置かれた。私は手首のゴムで髪をひとつにまとめる。
「髪なげぇーな」
「うん、ちょっと邪魔」
「切らねーの?」
「お母さんが長い髪の方が可愛いっていうからさ」
「あっそ」
聞いといてそれかい。と思いつつ、白い湯気がふわっと立ちのぼる。
「わぁ……」
思わずスマホを取り出してパシャリ。
「何してんだよ。さっさと食え」
「これ夕燈に送る」
「なんでだよ」
「可哀想じゃん」
「逆に食えないもの送る方がどうかしてるだろ」
割り箸を割りながらこちらを見る。
「……あ、もう返事きた。
“いっぱい食べてね”だって」
夕燈のゆるい犬スタンプがかわいくて、思わず顔が綻ぶ。
「はいはい。じゃあいただきます」
割り箸を割るが、斜めになってしまった。
「…失敗した」
「不器用だな」
呆れながらも、
「ほら、こっち使え」
きれいに割れた割り箸を差し出す。
「え?口つけてないよね?」
「つけてねーよ。文句言うなら返せ」
「ありがとうございまーす」
しっかりと受け取って使う。朝陽はなんだかんだ優しい。ずずっと麺をすする。濃厚なスープが舌に広がり、体の芯まで温まる。