◇
幼い頃から、喘息で入退院を繰り返していた。同じ顔をした朝陽は健康で、毎日のように外を駆け回る。友達とサッカーをして、泥だらけになって笑っている。羨ましかった。明るくて、誰とでもすぐ仲良くなれる朝陽の周りには、いつも人が集まっていた。――いいな。物心ついた頃から、ずっとそう思っていた。
桜がふわりと舞う春。小学一年生になって間もなく、また入院した。ランドセルは買ってもらったのに、一度も背負えないまま。入学式にも出られなかった。そんなある日。院内ボランティアの女の子と出会った。
「こんにちは」
色白で、大きな瞳が印象的な女の子。肩まで伸びた髪が、歩くたびにふわりと揺れる。
「こんにちは」
思わず頭を下げる。
「私は日和。五歳だよ。あなたは?」
日和。一瞬、妹の名前と重なってどきりとした。でも、雰囲気はまるで違った。年齢より少し大人びて見える、不思議な子だった。
「僕は夕燈。六歳」
「塗り絵やる?」
「うん」
二人で並んで座り、桜が描かれた塗り絵を広げる。静かな時間が流れた。
「どこか悪いの?」
心配そうに覗き込まれて、胸の辺りに手を当てる。
「ここ。息が苦しくなるんだ」
「そっか……」
日和は小さく頷いた。
「僕ね、まだランドセル背負えてないんだ。入学式も出られなかった」
気づけば、そんなことまで話していた。
「そうなんだ……」
少し考え込むような顔をしたあと、日和はぱっと立ち上がる。
「ちょっと待ってて!」
どこからか折り紙を持ってきて、ハサミでちょきちょきと切り始めた。ピンク色の折り紙を折って、また切って。最後に糊で貼り合わせる。
「できた!」
嬉しそうに笑って、僕の胸へぺたりと貼り付けた。桜の花の名札だった。真ん中には、拙い字で「ゆうひ」と書かれている。
「ぼくに?」
「うん! 学校って、こういうの付けるでしょ?」
見下ろすと、「う」の向きが少しだけ反対だった。思わず笑ってしまう。
「ありがとう」
胸の奥が、じんわり温かくなった。こんな気持ちになったのは、久しぶりだった。
「あっ、はがれちゃった」
セロハンテープがぺろりと剥がれる。
「ふふっ」
思わず笑うと、
「えへへ」
日和もつられて笑った。
「また会えるかな」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。一度きりなんて、嫌だった。日和は少し困ったように笑う。
「どうかなぁ。私、たまたま来ただけだから」
少し考えてから続けた。
「養護施設にいるの。『木漏れ日の家』っていうところ」
「そっか……」
寂しくなって俯くと、
「じゃあさ」
日和が花が咲くように笑った。
「元気になったら、会いに来てよ」
その笑顔に、思わず見惚れた。
「うん」
あれが、初恋だった。それからずっと。彼女のことが忘れられなかった。
◇
「ねぇ、夕燈ー!図鑑貸して!」
勢いよく部屋へ飛び込んできたのは、妹のひよりだった。ピンクのフリルのワンピースを揺らしながら、一直線に本棚へ向かう。見た目は人形みたいに可愛い。でも、思ったことは何でも口にするし、好奇心旺盛で落ち着きがない。
「いいけど、大事にしてね」
そう言って図鑑を渡す。
「うん!」
返事だけは元気だ。……きっとページを折ったりするんだろうな。そう思いながらも、断れない。彼女はそういう子だった。小さくため息をつき、机の引き出しを開ける。中には、あの日もらった桜の折り紙。その拙い文字を見るだけで、不思議と心が落ち着いた。
幼い頃から、喘息で入退院を繰り返していた。同じ顔をした朝陽は健康で、毎日のように外を駆け回る。友達とサッカーをして、泥だらけになって笑っている。羨ましかった。明るくて、誰とでもすぐ仲良くなれる朝陽の周りには、いつも人が集まっていた。――いいな。物心ついた頃から、ずっとそう思っていた。
桜がふわりと舞う春。小学一年生になって間もなく、また入院した。ランドセルは買ってもらったのに、一度も背負えないまま。入学式にも出られなかった。そんなある日。院内ボランティアの女の子と出会った。
「こんにちは」
色白で、大きな瞳が印象的な女の子。肩まで伸びた髪が、歩くたびにふわりと揺れる。
「こんにちは」
思わず頭を下げる。
「私は日和。五歳だよ。あなたは?」
日和。一瞬、妹の名前と重なってどきりとした。でも、雰囲気はまるで違った。年齢より少し大人びて見える、不思議な子だった。
「僕は夕燈。六歳」
「塗り絵やる?」
「うん」
二人で並んで座り、桜が描かれた塗り絵を広げる。静かな時間が流れた。
「どこか悪いの?」
心配そうに覗き込まれて、胸の辺りに手を当てる。
「ここ。息が苦しくなるんだ」
「そっか……」
日和は小さく頷いた。
「僕ね、まだランドセル背負えてないんだ。入学式も出られなかった」
気づけば、そんなことまで話していた。
「そうなんだ……」
少し考え込むような顔をしたあと、日和はぱっと立ち上がる。
「ちょっと待ってて!」
どこからか折り紙を持ってきて、ハサミでちょきちょきと切り始めた。ピンク色の折り紙を折って、また切って。最後に糊で貼り合わせる。
「できた!」
嬉しそうに笑って、僕の胸へぺたりと貼り付けた。桜の花の名札だった。真ん中には、拙い字で「ゆうひ」と書かれている。
「ぼくに?」
「うん! 学校って、こういうの付けるでしょ?」
見下ろすと、「う」の向きが少しだけ反対だった。思わず笑ってしまう。
「ありがとう」
胸の奥が、じんわり温かくなった。こんな気持ちになったのは、久しぶりだった。
「あっ、はがれちゃった」
セロハンテープがぺろりと剥がれる。
「ふふっ」
思わず笑うと、
「えへへ」
日和もつられて笑った。
「また会えるかな」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。一度きりなんて、嫌だった。日和は少し困ったように笑う。
「どうかなぁ。私、たまたま来ただけだから」
少し考えてから続けた。
「養護施設にいるの。『木漏れ日の家』っていうところ」
「そっか……」
寂しくなって俯くと、
「じゃあさ」
日和が花が咲くように笑った。
「元気になったら、会いに来てよ」
その笑顔に、思わず見惚れた。
「うん」
あれが、初恋だった。それからずっと。彼女のことが忘れられなかった。
◇
「ねぇ、夕燈ー!図鑑貸して!」
勢いよく部屋へ飛び込んできたのは、妹のひよりだった。ピンクのフリルのワンピースを揺らしながら、一直線に本棚へ向かう。見た目は人形みたいに可愛い。でも、思ったことは何でも口にするし、好奇心旺盛で落ち着きがない。
「いいけど、大事にしてね」
そう言って図鑑を渡す。
「うん!」
返事だけは元気だ。……きっとページを折ったりするんだろうな。そう思いながらも、断れない。彼女はそういう子だった。小さくため息をつき、机の引き出しを開ける。中には、あの日もらった桜の折り紙。その拙い文字を見るだけで、不思議と心が落ち着いた。

