祈りを紡ぐ明日から

夕燈 side
全校集会の最中だった。ひよがふらりと身体を揺らした。最近ずっと調子が悪そうだったから、俺はすぐに異変に気づいた。しゃがみ込んでるひよに駆け寄り、その身体を抱き上げる。
「変わるか?」朝陽が手を伸ばした。迷わず首を振る。変わりたくなかった。喘息持ちでも、女の子一人運べない男なんて格好悪い。ひよを保健室のベッドへそっと寝かせる。苦しそうだった表情が少しだけ和らぎ、俺はようやく息をついた。その横に椅子を引き寄せて座る。朝陽も隣へ腰を下ろした。
「俺が見てるよ。朝陽は教室戻れば?」
そう言いながら、眠るひよを見つめる。青白い顔。もっと早く気づいてあげられたらよかった。
「いい。俺もここにいる」
朝陽は椅子にもたれかかった。
「どうせサボれるし」
ぶっきらぼうな言い方に、小さく笑ってしまう。
「ひよ、なんで眠れないんだろう」
ぽつりと呟くと、
「さあな。動画の見過ぎとか言ってたけど……嘘だろ」
朝陽は腕を組んだ。そのときだった。
「……いやだ」
ひよが小さく身を震わせる。
「こわい……やめて……」
寝言だった。俺と朝陽は同時に顔を見合わせる。俺はそっと、ひよの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、ひよ。大丈夫」
その声が届いたのか、眉間に寄っていた皺が少しだけほどける。
「悪夢でも見てんのかな」
朝陽がぼそっと呟いた。ひよは、人のことはすぐ気づく。誰かが無理をしていたら、真っ先に駆け寄る。誰もやりたがらないことも自らやろうとする。なのに、自分の限界だけは気づかない。だから怖い。放っておいたら、一人で全部抱え込んでしまう。だから――守りたい。ちゃんと、俺が。
「なあ、夕燈」
「ん?」
「お前、ひよのこと好きだろ?」
朝陽の視線は真っ直ぐだった。隠すつもりなんて、最初からない。
「うん。好きだよ」
そう答えると、朝陽は少しだけ眉をひそめる。
「それって、妹としてか?」
俺は少し笑った。
「……どう思う?」
わざと聞き返す。どうせ、気づいているくせに。朝陽はため息をついた。
「ひよは何も知らない」
静かな声だった。
「俺たちは兄として守るべきだ」
「……そうだね」
そう返した。でも、本当は違う。俺は、兄としてだけじゃいられない。
「俺、朝陽が羨ましいよ」
ぽつりと本音が零れた。運動ができて。友達も多くて。誰からも頼りにされる。もし養子だと知ったら。ひよは、俺じゃなくて朝陽を選ぶんだろう。格好良くて、面倒見がよくて、いつも真っ先に手を差し伸べる人だから。そう思っていた。なのに。朝陽は嫌そうに顔をしかめた。
「俺は、お前の方が羨ましいよ」
その一言に、思わず目を見開く。そんなわけない。俺はずっと、朝陽みたいになりたかったのに。母さんが迎えに来るまで。俺たちは何も話さず、眠るひよの寝顔を静かに見つめていた。