祈りを紡ぐ明日から

朝陽 side
夕燈とデートだって浮かれているひよを見て、正直イライラしていた。あいつは昔から、夕燈、夕燈だ。……まあ、夕燈も同じなんだけど。ひよの様子がおかしいと気づいたのは、目の下に濃い隈ができるようになってからだった。顔色は悪いし、今にも倒れそう。眠れてないのか。そう思って聞いても、「大丈夫」としか言わない。変なところだけ意地っ張りだ。
ある日、一人で先に学校へ行ったひよは、全校集会で倒れた駆け寄った夕燈は、迷わずひよを抱き上げる。喘息持ちで運動も制限されているくせに。変わると言っても聞く耳を持たなかった。……昔からそうだ。あいつは、ひよのことになると周りが見えなくなる。双子だからわかる。夕燈は、ひよが好きだ。

少しでも眠れるようにと、ラベンダーのフレグランスを渡した。ひよは嬉しそうに笑っていた。数日後には隈も薄くなっていて、部屋からは夕燈が憲法を読み聞かせている声が聞こえてくる。「……らしいな」思わず苦笑した。

ひよりの墓参りに行った日。その夜、十九時を過ぎてもひよは帰ってこなかった。こんなのは初めてだった。電話をかけても出ない。夕燈がかけても同じ。しばらくして届いたのは、短いメール。『夕飯食べてくる』嫌な予感しかしなかった。夕燈と近くまで迎えに行くと、ひよは吉川ってやつと歩いていた。
……無性に腹が立った。しかも、どこか様子がおかしい。笑っているのに、笑えていない。何かを隠している顔だった。

夏期講習の日。朝からひよの様子が落ち着かなかった。嫌な予感がして、一度塾を抜けて家へ戻る。……いない。そのとき、ふと父の書斎が目に入った。養子縁組の書類。もし、あれを見つけたら。ひよは、自分が養子だと知ったら。どれだけ傷つくんだろう。それでも。血なんて関係ない。俺にとって、ひよは妹だ。たった一人の、大切な妹だ。誰かの気配を感じて振り返る。その瞬間、夕燈から電話が鳴った。結局そのまま塾へ戻った。
ひよはその日体調が悪いと言って部屋に閉じこもった。何かあったのか。そう思って、夕燈の真似をして声をかけてみる。「ひよ」……失敗だった。顔も見てないのに、すぐにバレた。親だって先生だって騙せる。なのに、ひよだけは騙せない。扉が少し開く。覗いた顔を見た瞬間、息が止まった。目は真っ赤に腫れていた。「映画見て泣いただけ」そんな嘘、信じられるわけがない。いじめか。吉川か。何があった。聞いても何も話さない。そのくせ、夕燈には話すんじゃないかと思うと、どうしようもなく苛立った。

母さんには、ずっと腹が立っていた。「ひよりはショートケーキが好きよね」「ピンクが好きよね」「髪は長いほうが似合うわ」「このワンピース、絶対ひよりに似合う」違う。それはひよじゃない。明らかに趣味が違う。いつまでひよりを重ねるつもりなんだ。でも、何も言えなかった。言える資格なんて、俺にはない。
……俺が、ひよりを殺したようなものだから。
ひよりは、わがままで自分勝手だった。世界が自分を中心に回っていると思っている。まあ五歳児なんてそんなものだ。でもあの時の俺はそれがわからなかった。大好きなショートケーキの苺を最後まで取っておいたのにひよりは何も考えずに奪った。そのたびに母さんは笑って言う。「朝陽はお兄ちゃんでしょ。我慢しなさい」いつもそうだった。「朝陽なら大丈夫」「朝陽はできる子だから」勉強も。運動も。手先も器用だった。だから、俺は後回し。
母さんが見ていたのは、ひよりと。喘息で身体の弱い夕燈だった。