五歳の私。養護施設のボランティア活動で、何度か病院を訪れることがあった。そこで出会った男の子がいた。肌は雪のように白く、色素の薄い茶色の髪。どこか儚げで、それでも優しく控えめに笑う男の子。――夕燈だった。会うたびに折り紙をしたり、小さな声で他愛もない話をしたりした。夕燈はいつも静かで、折り紙を折るときも紙の端をぴったりと揃え、一つひとつを丁寧に折っていく。物知りで、ひらがなもたくさん教えてくれた。
「『う』はね、ここをこう書くんだよ」
優しく教えてくれるその時間が、私は好きだった。そして月日が流れ――。ある日、養護施設に一人の女性がやって来た。それが、今のお母さんだった。とても綺麗な人。だけど、目の下には濃い隈があり、痩せ細っているというより、心まで疲れ切ってしまったような顔をしていた。
「こんにちは」
「こ……こんにちは」
緊張しながら挨拶を返すと、お母さんは優しく微笑んだ。
「お名前は?」
「日和」
その瞬間だった。
「……ひより?」
お母さんの目が大きく見開かれる。
「今、何歳?」
「五歳。十一月で六歳になるの」
指を折って数えながら答えると、お母さんは震える声で呟いた。
「うそ……ひより……。ひよりだわ、この子……」
次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「ねぇ……うちにおいで」
誰かにこんなふうに抱きしめられたのは、生まれて初めてだった。戸惑った。でも、それ以上に温かかった。それから何度も、お母さんは私に会いに来てくれた。会うたびに優しく笑って、「ひより」と呼んだ。可愛いピンク色のワンピース。小さな靴。絵本や髪飾り。どれも私には初めての贈り物だった。嬉しかった。こんなふうに誰かが私のために何かを選んでくれたことなんて、一度もなかったから。何度か会ううちに、双子の兄弟にも会った。朝陽は不機嫌そうにそっぽを向き、何も話そうとしない。そんな兄の隣で、夕燈だけがそっと私の前に立った。
「まさか妹になるなんて……これからよろしくね」
そう言って、小さく笑いながら手を差し出してくれた。その手は少し冷たくて、とても優しかった。新しい家には、温かいご飯があった。「ただいま」と言えば、「おかえり」と笑って迎えてくれるお母さんがいた。お父さんは「今日はどうだった?」と毎日のように話を聞いてくれた。朝陽はしばらく私を無視していたけれど、それでも家は温かかった。
夏休みが終わると、小学一年生になった。新しいピンク色のランドセル。少し可愛すぎて恥ずかしかったけれど、それでも嬉しくて、何度も背負い直した。
それから誕生日は、毎年十一月十三日に三人まとめて祝われた。テーブルには、小さなホールケーキが三つ並ぶ。
「どうしてこの日にお祝いするの?」
幼い私は首を傾げた。
すると、お母さんは優しく笑って言った。
「みんな一緒にお祝いしたほうが楽しいでしょ?」
そのときは、何も疑わなかった。でも――。朝陽と夕燈の誕生日は、十一月十一日。十一月十三日は、亡くなった”ひより”の誕生日だった。今ならわかる。どうして私の持ち物には、どれもひらがなで「ひより」と書かれていたのか。私の本当の誕生日は、十一月二十一日。祝われていたのは、私じゃない。私はずっと――。ひよりの代わりとして、生きてきたんだ。
場面がゆっくりと揺らぎ、景色が変わる。私が七歳になった頃の記憶だった。
「祠に探検に行こうぜ」
彼は私を誘った。二人で川を渡り誰もいない祠に着く。そこで不意に口を開いた。
「お前は可哀想だよ」
「どうして?」
私は首を傾げた。その頃の私は、毎日が幸せだった。温かいご飯があって、安心して眠れる家があって、優しい家族がいた。だから、言葉の意味がわからなかった。
「代わりにされてるんだよ」
「代わり?」
「そう。ひよりの代わり」
「私は日和だよ?どうしてそんなこと言うの?」
意味がわからなかった。
「夕燈」
私が名前を呼んだその瞬間、夕燈の身体がびくりと震えた。目を見開き、泣き出しそうな顔で私を見る。
「どうして……わかったの?」
「わかるよ」
私は当たり前のように笑った。
「朝陽と夕燈、似てるけど違うもん。朝陽はいつも不機嫌そうだけど、夕燈は……いつも寂しそうだから」
その言葉に、夕燈は何も返せなかった。ただ静かに俯き、唇を噛み締めていた。
「『う』はね、ここをこう書くんだよ」
優しく教えてくれるその時間が、私は好きだった。そして月日が流れ――。ある日、養護施設に一人の女性がやって来た。それが、今のお母さんだった。とても綺麗な人。だけど、目の下には濃い隈があり、痩せ細っているというより、心まで疲れ切ってしまったような顔をしていた。
「こんにちは」
「こ……こんにちは」
緊張しながら挨拶を返すと、お母さんは優しく微笑んだ。
「お名前は?」
「日和」
その瞬間だった。
「……ひより?」
お母さんの目が大きく見開かれる。
「今、何歳?」
「五歳。十一月で六歳になるの」
指を折って数えながら答えると、お母さんは震える声で呟いた。
「うそ……ひより……。ひよりだわ、この子……」
次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「ねぇ……うちにおいで」
誰かにこんなふうに抱きしめられたのは、生まれて初めてだった。戸惑った。でも、それ以上に温かかった。それから何度も、お母さんは私に会いに来てくれた。会うたびに優しく笑って、「ひより」と呼んだ。可愛いピンク色のワンピース。小さな靴。絵本や髪飾り。どれも私には初めての贈り物だった。嬉しかった。こんなふうに誰かが私のために何かを選んでくれたことなんて、一度もなかったから。何度か会ううちに、双子の兄弟にも会った。朝陽は不機嫌そうにそっぽを向き、何も話そうとしない。そんな兄の隣で、夕燈だけがそっと私の前に立った。
「まさか妹になるなんて……これからよろしくね」
そう言って、小さく笑いながら手を差し出してくれた。その手は少し冷たくて、とても優しかった。新しい家には、温かいご飯があった。「ただいま」と言えば、「おかえり」と笑って迎えてくれるお母さんがいた。お父さんは「今日はどうだった?」と毎日のように話を聞いてくれた。朝陽はしばらく私を無視していたけれど、それでも家は温かかった。
夏休みが終わると、小学一年生になった。新しいピンク色のランドセル。少し可愛すぎて恥ずかしかったけれど、それでも嬉しくて、何度も背負い直した。
それから誕生日は、毎年十一月十三日に三人まとめて祝われた。テーブルには、小さなホールケーキが三つ並ぶ。
「どうしてこの日にお祝いするの?」
幼い私は首を傾げた。
すると、お母さんは優しく笑って言った。
「みんな一緒にお祝いしたほうが楽しいでしょ?」
そのときは、何も疑わなかった。でも――。朝陽と夕燈の誕生日は、十一月十一日。十一月十三日は、亡くなった”ひより”の誕生日だった。今ならわかる。どうして私の持ち物には、どれもひらがなで「ひより」と書かれていたのか。私の本当の誕生日は、十一月二十一日。祝われていたのは、私じゃない。私はずっと――。ひよりの代わりとして、生きてきたんだ。
場面がゆっくりと揺らぎ、景色が変わる。私が七歳になった頃の記憶だった。
「祠に探検に行こうぜ」
彼は私を誘った。二人で川を渡り誰もいない祠に着く。そこで不意に口を開いた。
「お前は可哀想だよ」
「どうして?」
私は首を傾げた。その頃の私は、毎日が幸せだった。温かいご飯があって、安心して眠れる家があって、優しい家族がいた。だから、言葉の意味がわからなかった。
「代わりにされてるんだよ」
「代わり?」
「そう。ひよりの代わり」
「私は日和だよ?どうしてそんなこと言うの?」
意味がわからなかった。
「夕燈」
私が名前を呼んだその瞬間、夕燈の身体がびくりと震えた。目を見開き、泣き出しそうな顔で私を見る。
「どうして……わかったの?」
「わかるよ」
私は当たり前のように笑った。
「朝陽と夕燈、似てるけど違うもん。朝陽はいつも不機嫌そうだけど、夕燈は……いつも寂しそうだから」
その言葉に、夕燈は何も返せなかった。ただ静かに俯き、唇を噛み締めていた。

