授業が終わり、立ち上がろうとしたところで、
「あ、ひよりん!掃除当番変わってくれない!? 今日、彼氏とデートで!」
同じクラスの相澤奈々が、化粧バッチリで両手を合わせて頭を下げた。
「うん、いいよ」
そう返事をした瞬間、自分の口が勝手に動いたような気がした。本当は断りたかったのに、気づけば頷いている。――昔から、こうだ。
「ほんとありがとう!」
奈々は満面の笑みを浮かべると、颯爽と教室を出ていった。
「なーんで断んねぇの?」
呆れたような声に振り向く。黒髪の短髪に日に焼けた肌が健康的な、吉川昴(よしかわ すばる)。小学校からの同級生で、気づけば高校まで変わらない距離感のまま一緒にいる。
「どうも断れないんだよね」
誰かが困っていると、つい「いいよ」と言ってしまう。期待されれば、その期待に応えようとしてしまう。誰かの”正解”に合わせて生きることが、もう身体に染みついているような気がした。
「昔っからそうだよな。誰もやりたがらないクラス委員も、飼育係も、お前がやってたし」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
箒を手に取りながら苦笑する。でも確かに、
「そのせいで便利屋みたいになってたかも。それに、いろんな子と仲良くしてたら『八方美人』って言われたこともあったし」
三人で仲良くしていた友達が、ある日ケンカをした。私はどちらも大切な友達だったから、二人の話をそれぞれ聞いた。どちらか一方を責めることも、片方だけの味方をすることもできなかった。だから、どちらにも寄り添った。それなのに――。
「結局、どっちの味方なの?」そう言われた。「誰にでもいい顔してるよね」その言葉は、思った以上に胸に刺さった。……八方美人。幸い、その直後に三月のクラス替えがあり、大きな問題にはならなかったけれど。
「はぁー……女子って怖ぇなぁ」
吉川が少し引いたように肩をすくめる。
「そうかもね」
私は苦笑しながら、埃を集めていく。すると、吉川がふと思い出したように口を開いた。
「掛上ってさ、親に『クソババア』とか言ったことないだろ?」
「え?」
突然の質問に、思わず目を瞬かせる。
「いや、あるわけないよ」
「なんか、そんな気がした」
吉川は納得したように頷いた。
「私には、あんまり分かんないんだよね」
「なんで?」
「だって……一番大切な人じゃない? 家族って」
箒を動かす手を止めて、小さく笑う。
「もちろん、ケンカすることはあると思う。でも、傷つけるようなことは言いたくないなって」
少しだけ視線を落とす。
「……私は、大好きな人には笑っていてほしいから」
吉川は少しだけ目を細めた。
「お前って、ほんといい子だよな。なんつーか……優しいやつ」
「やめてよ。なんか照れる」
そう言って笑うと、吉川は少し真剣な顔になる。
「でもさ、掛上」
「ん?」
「ほんとに嫌なときは、『嫌だ』って言えよ」
「……」
「ムカつくときは、親にだってちゃんと言っていいと思うぜ。我慢しすぎると、そのうち爆発するから」
そう言って、大げさに肩をすくめる。
「じゃあ、そのときはどうにか宥めてくれる?」
冗談半分で聞くと、
「当たり前。俺をサンドバッグにしてもいいぜ」
胸を張る吉川がおかしくて、
「なにそれ」
思わず笑みがこぼれた。
「あ、ひよりん!掃除当番変わってくれない!? 今日、彼氏とデートで!」
同じクラスの相澤奈々が、化粧バッチリで両手を合わせて頭を下げた。
「うん、いいよ」
そう返事をした瞬間、自分の口が勝手に動いたような気がした。本当は断りたかったのに、気づけば頷いている。――昔から、こうだ。
「ほんとありがとう!」
奈々は満面の笑みを浮かべると、颯爽と教室を出ていった。
「なーんで断んねぇの?」
呆れたような声に振り向く。黒髪の短髪に日に焼けた肌が健康的な、吉川昴(よしかわ すばる)。小学校からの同級生で、気づけば高校まで変わらない距離感のまま一緒にいる。
「どうも断れないんだよね」
誰かが困っていると、つい「いいよ」と言ってしまう。期待されれば、その期待に応えようとしてしまう。誰かの”正解”に合わせて生きることが、もう身体に染みついているような気がした。
「昔っからそうだよな。誰もやりたがらないクラス委員も、飼育係も、お前がやってたし」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
箒を手に取りながら苦笑する。でも確かに、
「そのせいで便利屋みたいになってたかも。それに、いろんな子と仲良くしてたら『八方美人』って言われたこともあったし」
三人で仲良くしていた友達が、ある日ケンカをした。私はどちらも大切な友達だったから、二人の話をそれぞれ聞いた。どちらか一方を責めることも、片方だけの味方をすることもできなかった。だから、どちらにも寄り添った。それなのに――。
「結局、どっちの味方なの?」そう言われた。「誰にでもいい顔してるよね」その言葉は、思った以上に胸に刺さった。……八方美人。幸い、その直後に三月のクラス替えがあり、大きな問題にはならなかったけれど。
「はぁー……女子って怖ぇなぁ」
吉川が少し引いたように肩をすくめる。
「そうかもね」
私は苦笑しながら、埃を集めていく。すると、吉川がふと思い出したように口を開いた。
「掛上ってさ、親に『クソババア』とか言ったことないだろ?」
「え?」
突然の質問に、思わず目を瞬かせる。
「いや、あるわけないよ」
「なんか、そんな気がした」
吉川は納得したように頷いた。
「私には、あんまり分かんないんだよね」
「なんで?」
「だって……一番大切な人じゃない? 家族って」
箒を動かす手を止めて、小さく笑う。
「もちろん、ケンカすることはあると思う。でも、傷つけるようなことは言いたくないなって」
少しだけ視線を落とす。
「……私は、大好きな人には笑っていてほしいから」
吉川は少しだけ目を細めた。
「お前って、ほんといい子だよな。なんつーか……優しいやつ」
「やめてよ。なんか照れる」
そう言って笑うと、吉川は少し真剣な顔になる。
「でもさ、掛上」
「ん?」
「ほんとに嫌なときは、『嫌だ』って言えよ」
「……」
「ムカつくときは、親にだってちゃんと言っていいと思うぜ。我慢しすぎると、そのうち爆発するから」
そう言って、大げさに肩をすくめる。
「じゃあ、そのときはどうにか宥めてくれる?」
冗談半分で聞くと、
「当たり前。俺をサンドバッグにしてもいいぜ」
胸を張る吉川がおかしくて、
「なにそれ」
思わず笑みがこぼれた。
