祈りを紡ぐ明日から

どのぐらいここにいたのかわからない。だけどしばらく動けなかった。遠くでひぐらしの鳴く声が聞こえてくる。そんな私の横に、ただ吉川はずっといてくれた。
「ごめん」
ようやく立ち上がりながら私は砂埃をさっと払う、吉川は首を振った。
「気にすんな」
二人で並んで歩く。バス停まで辿り着き、吉川が時間を確認する。私はただ、ひよりがだれなのか。私は何者なのか――そればかり考えていた。手が震えていた。幼少期の曖昧な記憶。母が私の好みを“勘違いしている”ような違和感。ショートケーキが好きだと思われていること。ピンクの服を好むと思われていること。ずっと胸の奥で引っかかっていた違和感が、今になって形を持ち始めている。これは思いすごしなんかじゃない。きっと、そう。
「あと二十分でくるな。俺、飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「ありがとう…なんでも」
バス停のベンチに座っていると、ひんやりした麦茶が差し出された。
「ほい」
「ありがとう」
吉川は黙ったまま。二人でバスに乗り、電車に乗って最寄駅まで戻る。日が伸びたとはいえ、もう19時。このまま家に帰る気にはなれなかった。
「軽く何か食べてく?」
吉川がファミレスを指さす。その提案はすごくありがたかった。今日は家族と顔を合わせてご飯を食べるなんて無理だ。
「うん、そうする」
電話が何度も鳴っていたが無視した。朝陽と夕燈、両方から。
兄弟の連絡先には「友達とご飯行ってる」とだけ送った。母にも同じように連絡し、二十時には帰ると伝えた。ファミレスでパスタとドリンクバーを頼む。吉川はオムライス。
「吉川…私。違和感に気づいてたのに、気づかないふりしてた」
「うん」
「…私、少し調べてみる」
顔を上げた吉川が、真剣な目で言う。
「俺も手伝う」
「ありがとう…まずは家の中のものを探してみる」
「わかった」
吉川が家まで送ってくれるというので、並んで歩く。
「ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫。ってか、ごめん。かき氷」
「あー。いいよ」
軽く手を上げる吉川。
「掛上」
「ん?」
真剣な目で見つめられる。
「俺は、お前が誰であったとしても、味方だからな。忘れるな。何かあったら頼れ」
その言葉に胸がじんとした。
「なんかめっちゃ男前だな」
ははと笑うと、
「なんだよ、今更気づいたのか?」
ニヤリと笑う。ほんと、今日は吉川がいてくれてよかった。並んで歩いていると――
「おい」
「ひよ!」
声がして顔を上げる。
「…朝陽、夕燈も…」
二人がこちらに駆け寄ってくる。
「なんで電話に出ねぇんだよ」
朝陽がキレ気味に睨む。
「連絡はしたでしょ」
私はそっぽを向く。
「ねぇ、ひよ。だれ?」
夕燈がじろりと吉川を見る。吉川はすっと頭を下げた。
「吉川昴です。同級生です」
「こんな時間まで何やってた?」
朝陽が吉川を鋭く睨む。
「別にいいでしょ。ってかまだ二十時だし。ご飯食べてただけ」
私の言葉に、朝陽はさらに不機嫌そうに眉を寄せた。