祈りを紡ぐ明日から

休日、母とショッピングセンターに来た。夏服セールの札がずらりと並び、店内は軽い音楽と人の声で賑やかだ。
「やっぱり娘はいいわよね。息子二人は買い物なんて一緒に出来ないから」
母は楽しそうに服を手に取っていく。——まあ、朝陽はしっかり反抗期だし、母と二人で仲良く買い物する姿なんて全く想像できない。夕燈は穏やかで優しいけど、服には頓着がない。素材の良さだけで選んでる気がする。でも何着ても様になるのはずるい。
「あ、ひより、これどう?」
母が差し出したのは、桃色の小花柄のワンピース。私には少し可愛すぎる気がする。
「あー、可愛いね」
母が選んでくれたので、笑って返す。
「そうよねー、だってひよりはピンクが好きだものね」
そう微笑む母。——私はピンクより青の方が好きなんだよな。隣にある淡い水色のワンピースに目がいく。
「私こっちのがいいな」
そう言って、水色のワンピースを自分に合わせる。母の視線が鋭くなる。
「ううん、ひよりはピンクがいい。絶対ピンク」
強い口調に、胸がぎゅっと縮む。そっと水色のワンピースを戻す。
「そ、そうだね」
私の答えに満足したように母は微笑み、
「じゃあこれにしましょうか」
桃色のワンピースを手に取り、レジへ向かっていく。はっきり言えない私も悪いけれど——ふと髪を短く切ったときのことを思い出す。
『ひよりは長い方がいいわよ!どうしてそんな切っちゃったの!?』
あのときの母の血相が忘れられない。今はだいぶ伸びて胸元で髪が揺れるけれど、本当はもう少し短い方が好きなのに。ショーウィンドウに映る私は、どこか憂鬱そうだ。夕燈とも祠に行ってから、なんとなく気まずい。夕燈はどうして私をあそこに連れていったのだろう。そして——私は何かを忘れている気がする。何か……大切なことを。胸の奥で、ある“記憶の影”が、そっと揺れた。
「ひより、カフェに入りましょう」
買い物を終えた母が、満足そうに笑いながら言った。私は頷いて席に座り、メニューを開く。
「ケーキセットにする?」
「うん」
——チョコレートケーキがいいな。濃厚で、しっとりしていて、甘すぎないやつ。
「私は……」
そう言いかけた瞬間、
「ひよりはいちごショートよね。昔からお兄ちゃんの分まで取ってたもの」
母がばっさりと言い切った。否定するのも面倒だし、食べられないわけじゃない。でも——“昔から”って、そんな記憶はない。というか、幼少期の記憶がかなり曖昧だ。それを父に話したことがある。
『昔、事故で頭を打ったせいだ』
父は困ったように笑ってそう言った。そのときは納得した。でも最近は、その説明がどこか薄っぺらく感じてしまう。
母は、楽しそうに笑う。パートの山田さんのお孫さんの話、近所にできたカフェの話。私も笑って話を聞く。
しばらくしてケーキが運ばれてくる。真っ赤なイチゴ、白い生クリーム、ふんわりしたスポンジ。嫌いじゃない。でも——ガトーショコラが食べたかった。フォークで一口すくう。ふんわりとした甘さが広がる。はっきり言えたらいいのに。でも母の楽しそうな笑顔を歪ませるのは、面倒だと思った。