トンネルの奥へ進むと、空気が急に変わった。6月の湿気を含んだ風がひんやりと肌にまとわりつき、コツン、コツンと足音だけが静かに響く。入口から差し込む光が揺れ、壁の水滴がきらりと光る。その光は奥へ進むほど弱まり、代わりに“音のない気配”が濃くなっていく。夕燈は迷いなく進んでいく。
「そこ、気をつけて。穴が空いてるから」
足元をみると、一メートルほどの窪みがあいている。底には水が少し溜まっている。夕燈はここに来たことがあるのだろうか。
「……あれ。なんだろう」
私は、薄暗がりの先を指さした。
そこには——
「祠……?」
古びた祠が一つ並んでいた。苔むした石は湿り気を帯び、触れれば冷たさが骨まで染みそうだ。長い年月を閉じ込めたような静けさが、そこだけ重く沈んでいる。近づいて覗き込むと、祠の内部に小さな“窪み”があるのが見えた。
「……ここ欠けてるね……」
私がそっと指先で窪みの縁をなぞる。その瞬間、祠の奥から冷たい風がふわりと吹き抜け、髪がかすかに揺れた。窪みの中には、本来そこにあったはずの“何か”が抜け落ちたような、不自然な空白が残っている。
そしてその前には、小瓶や小皿がならんでおり、お米とお水、お酒も入っている。夕燈は何も言わずに背負っていたリュックを下ろす。中から何やら荷物を取り出した。
「え、まさか持ってきたの?」
「うん。お酒、お塩、お米と、お水も。交換しょうと思って」
「すご……本格的。」
夕燈は真剣な表情で、小皿を軽くペットボトルのお水でゆすいで供え物を並べていく。その横顔は、いつもより少し大人びて見えた。静かな光の中で、彼の仕草ひとつひとつが丁寧で、どこか神聖にすら感じる。私は隣に並び、そっと手伝う。夕燈は最後に、白い花を一輪そっと添えた。供え物を置いた瞬間、祠の奥の空気がふるりと震えたように感じた。二人で静かに手を合わせる。目を閉じた暗闇の中、遠くで水滴が落ちる音がひとつ、澄んで響いた。ふと、記憶が揺らいだ。
『ひよは可哀想だね』
——その声。その言葉。夢の中で何度も聞いた“あの声”が、今の空気と重なってしまう。目を閉じたまま、誰の声だったのかがはっきりとわかってしまった。
夢に出てくる人は、**朝陽**か**夕燈**のどちらか——その答えが胸の奥に落ちる。
「ねぇ、夕燈」
隣で手を合わせていた夕燈が、ゆっくりと目を開ける。長い睫毛が揺れ、薄暗い祠の光を受けて影が落ちる。
「なに?ひよ」
柔らかく微笑む。その優しさが、逆に胸を締めつけた。
「私ここに来たことあるよね?」
言った瞬間、夕燈の表情がわずかに揺れた。驚いたように目を見開き——でもすぐに視線を落とす。
「……どうだろうね」
曖昧に呟いた声。けれどその声は、明らかに“何かを隠している”響きを持っていた。
「どうしてここに来たの?」
問いかけると、夕燈は少しだけ息を吸った。
「……償いと、けじめかな」
「償い……とけじめ?」
その言葉は、祠の冷たい空気よりも重く胸に沈んだ。
帰り道は静かだった。二人で並んで歩くのに、夕燈の影だけがどこか沈んで見える。夕燈はどうして、ここに私を連れてきたのだろう。どうして夢で、夕燈は私の首を絞めようとするのだろう。夕暮れの風がひんやりと頬を撫でる。その冷たさが、胸の奥の不安をそっと浮かび上がらせた。
「そこ、気をつけて。穴が空いてるから」
足元をみると、一メートルほどの窪みがあいている。底には水が少し溜まっている。夕燈はここに来たことがあるのだろうか。
「……あれ。なんだろう」
私は、薄暗がりの先を指さした。
そこには——
「祠……?」
古びた祠が一つ並んでいた。苔むした石は湿り気を帯び、触れれば冷たさが骨まで染みそうだ。長い年月を閉じ込めたような静けさが、そこだけ重く沈んでいる。近づいて覗き込むと、祠の内部に小さな“窪み”があるのが見えた。
「……ここ欠けてるね……」
私がそっと指先で窪みの縁をなぞる。その瞬間、祠の奥から冷たい風がふわりと吹き抜け、髪がかすかに揺れた。窪みの中には、本来そこにあったはずの“何か”が抜け落ちたような、不自然な空白が残っている。
そしてその前には、小瓶や小皿がならんでおり、お米とお水、お酒も入っている。夕燈は何も言わずに背負っていたリュックを下ろす。中から何やら荷物を取り出した。
「え、まさか持ってきたの?」
「うん。お酒、お塩、お米と、お水も。交換しょうと思って」
「すご……本格的。」
夕燈は真剣な表情で、小皿を軽くペットボトルのお水でゆすいで供え物を並べていく。その横顔は、いつもより少し大人びて見えた。静かな光の中で、彼の仕草ひとつひとつが丁寧で、どこか神聖にすら感じる。私は隣に並び、そっと手伝う。夕燈は最後に、白い花を一輪そっと添えた。供え物を置いた瞬間、祠の奥の空気がふるりと震えたように感じた。二人で静かに手を合わせる。目を閉じた暗闇の中、遠くで水滴が落ちる音がひとつ、澄んで響いた。ふと、記憶が揺らいだ。
『ひよは可哀想だね』
——その声。その言葉。夢の中で何度も聞いた“あの声”が、今の空気と重なってしまう。目を閉じたまま、誰の声だったのかがはっきりとわかってしまった。
夢に出てくる人は、**朝陽**か**夕燈**のどちらか——その答えが胸の奥に落ちる。
「ねぇ、夕燈」
隣で手を合わせていた夕燈が、ゆっくりと目を開ける。長い睫毛が揺れ、薄暗い祠の光を受けて影が落ちる。
「なに?ひよ」
柔らかく微笑む。その優しさが、逆に胸を締めつけた。
「私ここに来たことあるよね?」
言った瞬間、夕燈の表情がわずかに揺れた。驚いたように目を見開き——でもすぐに視線を落とす。
「……どうだろうね」
曖昧に呟いた声。けれどその声は、明らかに“何かを隠している”響きを持っていた。
「どうしてここに来たの?」
問いかけると、夕燈は少しだけ息を吸った。
「……償いと、けじめかな」
「償い……とけじめ?」
その言葉は、祠の冷たい空気よりも重く胸に沈んだ。
帰り道は静かだった。二人で並んで歩くのに、夕燈の影だけがどこか沈んで見える。夕燈はどうして、ここに私を連れてきたのだろう。どうして夢で、夕燈は私の首を絞めようとするのだろう。夕暮れの風がひんやりと頬を撫でる。その冷たさが、胸の奥の不安をそっと浮かび上がらせた。

