祈りを紡ぐ明日から

「はあ〜」
「なんだよ」
朝陽の部屋でゴロゴロしながら、私はクッションに顔を押しつけてため息をつく。毎日夕燈が眠れるようにお茶を淹れてくれて、憲法の読み聞かせまでしてくれるおかげで悪夢は見なくなった。でも、それとは別に心配ごとがある。
「もうすぐテストだ」
「あー、そうだな」
朝陽は面倒くさそうに返事をする。手元にはゲーム。その余裕そうな横顔が、なんか腹立つ。
「なんか朝陽余裕だな」
「まあ」
そう言ってゲームを続けている。
「ねぇ」
「ん?」
ぽちぽちとゲームをしながら返事だけはする。
「勉強教えて」
「いいけど」
あっさり返ってきたので、私は勢いよく起き上がった。
「よし!ちょっと待ってて!」
部屋を出る前に、扉の隙間からちらっと朝陽の様子をのぞく。
「夕燈も呼んでくる!」
「好きにしろ」
ぶっきらぼうな声が返ってきて、私は参考書を抱え夕燈の部屋へ向かった。夕燈と一緒に戻ると、彼はそっと頭を下げる。
「お邪魔します」
柔らかい笑顔で朝陽の部屋に入ると、空気が少しだけ明るくなる。私は机の上に参考書をずらっと並べた。朝陽はそれを見て眉をひそめる。
「え、これもわかんないの?まじか。やばいな」
眉間に皺を寄せて呟く。
「そこをなんとか〜」
「悪いけど、俺には手が負えない」
すっと席を立とうとする朝陽の腕を、私は慌てて掴んだ。
「待って!!見捨てないで!お兄様お願いします」
「……はあ。わかったよ」
肩を落としながらも、ちゃんと席に戻ってくれる。その動きが、なんだかんだ優しい。ペンを取りながら、ぼそっと言う。
「ひよは、ほんと手がかかるな」
その言い方が少し照れくさそうで、私は思わず笑ってしまった。
「それよりよくこんな学力でうちの高校入れたよなー」
本当にね。私たちが通う高校は進学校だ。それなのに夕燈は毎回断トツのトップの成績で朝陽も必ず五番以内には入っている。私はというと、下から数えた方が早い。
「私は、もうすこしレベル落としたかったのにさー」
受験生のときには朝陽と夕燈のゴリ押しで、気づけば勉強つきっきり。気づけば同じ高校を受けていた。
「でも、俺はひよと同じ高校に通えて嬉しいよ?」
ふわりと夕燈が笑う。優しい。
「おい、交代交代」
朝陽がペンをくるくる回しながら言う。
「じゃあ…俺が教えてあげるね。これはこうで、こうなるんだよ」
夕燈が優しく説明してくれる。声は柔らかいのに、内容はしっかり難しい。
「…わからない」
私が固まると、夕燈は少し考えてから言い直す。
「えっと、こっちにいって、こうで、ふわっとこんな感じ?」
「…。」
ふわって…なによ。
「そっか。難しいのか。これが」
夕燈は困ったように眉を下げる。その表情が逆に申し訳なくなる。
「待って!そんな呆れないで」
私が机にしがみつくと、横から朝陽がぼそっと言う。
「夕燈は天才肌だから、なんで理解できないかわかんねんだよ」
いつもの調子で。
「うー」
私は机に突っ伏す。
「ここ間違ってる。ここの公式を使う」
朝陽が淡々と指で示す。
「へーい」
頬を机に乗せながらシャーペンを走らせる。
「真面目にやれよ」
「うん」
返事をして私は姿勢を正す。朝陽の声はぶっきらぼうなのに、 ノートの端をそっとこちらに寄せてくれる手つきは優しい。夕燈はそんな二人を見て、ふわっと笑っていた。