教室に足を踏み入れると、喧騒に包まれた。
今日から、二学期が始まる。球技大会で活躍していた人気者──横田くんは前よりも明らかに肌が黒くなっていた。ついにわたしは、雫途くん以外の名前を覚えたのだ。
「海行ってさー、こんなに焼けたんだよ」
「おー横田、彼女とか?」
「ふざけんな兄ちゃんとだよ!! くっそー、来年こそは俺だって……」
他のクラスメイトにいじられて笑っている。それを横目に見ながら席に着いた。
壁側の席。この場所は右を向いてしまえば自分の顔を隠すことができるので結構気に入っている。エアコンの風が直に当たって寒くなることもない。
逆に、冬は窓際のほうが暖房に近いから人気になるけれど。
ロッカーの前でしゃがむ。やっぱりいちばん下は荷物の出し入れに不便だ。
手ぶらのまま席に着く。時計をみると、ホームルーム開始まではあと10分あった。
水筒のお茶を一口飲む。
窓を見ると、今日は曇天だった。いまにも雨が降りそうだ。
その時、教室の戸が音を立てた。空気が揺れる。
この感覚は久しぶりだった。
「おはよー」
挨拶をしながら雫途くんが入ってくる。彼が登校したときはいつもざわめくクラスの視線が集まるから不思議だ。
いろんな場所で談笑していた人たちが、彼のもとへと集まっていく。
「雫途! 元気だったかー!」
「夏休み中どっか行った??」
「祭りいた? 見かけなかったけど」
「課題終わった? 俺たち仲間だよな、な!?」
次々に彼に話しかけている。彼は目を細めながら、ひとりひとりの顔を見る。
「元気だったよ。夏休みは妹が受験生だから特に遠出はしてないよ。今年は祭りにも行ってないや……あ、でも花火はしたよ」
花火!?と声があがる。
どきりと心臓が跳ねた。その花火って、もしかして。
「ねえねえ、花火って誰と……」
「あと、課題はもちろん終わってます。横田、ごめんな」
ごめんな、と言いながらにやりと笑う。横田くんが足から崩れ落ちた。みんなの視線が横田くんに移って、雫途くんの前に喋っていた女の子の質問は流される。その女の子の顔に影が落ちた。
「誰か、仲間はいないのかぁぁぁ」
叫ぶ横田くんに爆笑の渦が起こる。みんな、彼に注目している。
そのなかで、彼は、さきほど影を落とした女の子になにかささやいた。
途端に、彼女の顔が明るくなる。さわがしい教室では、その声を聞き取ることはできなかった。
チャイムが鳴り、さわがしかった教室が静かになる。そろりと彼の席を見てみると、彼は頬杖をついていた。今日は太陽の光がないから、茶髪がいつもよりも暗く見える。
ぼんやりと前を見ていた彼の視線がこちらに流れる。びっくりして体が固まる。前を見ようとしたけど、視線が動かなかった。
お、は、よ。
彼の口がぱくぱくと動いた。同じように、お、あ、お、と口を開いてみる。
すると雫途くんは、目を細めてにっこりと笑った。花火のときに見せてくれたような微笑みにどぎまぎする。
戸が開いて、先生が入ってくる。それを合図に視線がほどけた。
今日は一限から体育だから、ホームルームが終わった後すぐに着替えないといけない。更衣室までの廊下を歩いていると、後ろにいるクラスメイトの会話が聞こえてくる。
「黒部くん、誰と花火したのかなぁ」
「えー彼女?」
「やめてよーーショック」
「サッカー部の人たちかもしれないじゃん」
最初は、黒部くんというのが誰だかわからなかった。けれど、花火、サッカー部、という単語から、徐々に浮かび上がってくる。
……そうだ。わたし、雫途くんの苗字を知らない。ずっと下の名前で呼んでいて、困ることがなかったから知らないままでいた。
「雫途くん、さっき教えてくれたんだけどね」
その言葉で確信する。彼の名前が黒部雫途というのだと。
「家族とか友達とか親戚とか、いろんな人とやったんだって。花火」
顔はわからないけれど、おそらくさっき囁かれていた子なのだろう。
声音からは隠しきれないうれしさのようなものが感じ取れる。
「へえ、じゃあ彼女じゃないんだ」
「うん。彼女じゃなさそうな言い方だったよ」
「安心した~」
「てか、ひとりだけ下の名前で呼んでんじゃないよ」
「抜け駆け、禁止!」
「えへへ、ごめんなさーい」
何人かの声がするということは、グループなのだろうか。
廊下にある窓の反射で、一瞬だけ顔が見える。グループのひとりは、球技大会の日、フルーツポンチに誘ってくれた女の子だった。ということは、おそらくあの場にいた中の数人もわたしの後ろにいるのだろう。
抜け駆け、といっていたけれど、もし一緒に花火をしたことがわたしだとばれたら、わたしはどうなるのだろうか。学校で居場所をなくしてしまうかもしれない。
彼女たちとわたしの接点はほぼないに等しいから、きっとばれることはない。それでも心臓が縮み上がるような感覚がする。
それに、フルーツポンチの時に彼女たちの輪に入っていた、篠木こすもはどうだろうか。
『叩き起こしてもいいと思うよ』
『あ、これ言うと篠木、怒るから。内緒な』
篠木こすもと雫途くんは、図書室で見る限り、親密そうな雰囲気だった。それを、彼女たちは知っているのだろうか。
もしかすると、ふたりの関係についても、彼女たちは詳しく知っているかもしれない。
外は相変わらず曇天だった。冷房がないと快適に過ごせなかった室内も、もうすぐ窓を開けるだけで心地よさを感じられるようになるのだろうか。
夏が終わり、秋がおとずれる。
彼と図書委員になってから、約半年が経とうとしていた。
*
「図書委員会で催しするって、先生が」
「え?」
水曜日の放課後。
カウンターに座っていた雫途くんがわたしのほうを向く。思わず聞き返してしまった。
雫途くんは少し笑って、後頭部に手を添える。
「毎年やってるみたいだよ。俺、去年参加したことあるし」
初回に休んだ分、今回の委員会には雫途くんが出てくれた。もうすぐある文化祭について、どうやら伝達があったみたいだ。
「やっぱり、わたしも参加したほうがよかったんじゃ……」
「名前借りるだけだから大丈夫って先生言ってたじゃん。たしかに、文化祭のときは仕事があるかもしれないけど、とりあえず昨日は大丈夫だったよ」
委員長を決めるとき、先生は文化祭のお手伝いをしてもらう、と言っていた。けれどまさか、催しをするなんて。
まったく知らなかった。だって、去年のわたしは。
「なにをするの?」
「それを決めるのが俺たちの仕事じゃん」
「あ、そっか」
いきなり言われても企画運営なんてやったことがない。けれど、副委員長を務めるなら、一から練らなければいけないのだろう。
「椿季さんは去年のイベント行った?」
「え、いや……」
雫途くんの純粋な目を前にして、声がうまく出せなくなる。
図書委員会のイベントどころか、わたしは。
「ぶ、文化祭……去年、出てなくて」
雫途くんは動きをとめて、わたしを見つめる。沈黙が気まずい。口が勝手にしゃべりだす。
「ほ、ほら。わたし、友達とかいないし……なにしていいかもわからないし、それで。別に成績に響くとかでもないし」
話せば話すほどみじめな気持ちになってくる。うつむくと、突然雫途くんがふきだした。
「ふっ……あはは」
「ちょ、っ。なんで笑うの。笑いたい気持ちはわかるけど、ひどいよ」
「ご、ごめ……あはは、椿季さん」
雫途くんはお腹をかかえて笑っている。そんなに笑われるとは思わなかった。
彼の肩を指でつつく。じろりと睨むと、雫途くんは「ちがうちがう」と首を横に振った。
「馬鹿にしてるんじゃなくて、そんなに必死に弁解しなくてもいいのにと思ってさ。あはは」
「……友達のことは、ほんとだし」
「文化祭休んだって悪くないんだから、そんなに理由探さないでよ」
目じりをぬぐいながら雫途くんが言う。泣くほど大笑いしたみたいだ。
雫途くんが悪意で笑っているわけではないのは分かった。けれど、言い訳がそんなにおもしろかったのだろうか。
「椿季さん、やっぱり面白いね」
雫途くんのツボはやっぱりよくわからない。
笑って乱れた呼吸を整えてから、彼がわたしに向き直る。
「今年の文化祭は楽しくなりそう?」
まっすぐなふたつの目がわたしを逃がすまいと見つめてくる。
去年は休むという選択を軽々ととってしまえるほど、わたしにとって文化祭は重要ではなかった。楽しみなものでもなかった。
けれど、今年は。
「……わかんない」
楽しくなるかなんてわからない。高校の文化祭なんてはじめてだし、一緒に出店をまわる友達がいるわけでもない。状況なんて、去年とさして変わらないだろう。
それでも。
「わかんない……けど、楽しみたい」
「うん」
「わたし、今年の文化祭は、楽しみたい」
「そうだね。楽しもうね」
わたしの言葉に、何度も相槌をうちながら雫途くんが笑う。
「よし。じゃあそのためにも、気合い入れて考えよっか。ね、椿季さん」
雫途くんにうなずく。
図書委員会のイベント。これを成功させることができたら、わたしはきっと、今年の文化祭に満足できる。そんな気がする。
「だけどちゃんと思いつくのかな……みんなを楽しませることができるイベントなんて」
「大丈夫だよ。ふたりで考えるんだから」
雫途くんはそう言って、カウンター横にある紙をとった。
「アイデアだけでもいいから、なにか思いついたら書いていこう」
雫途くんがペンを握る。そう言われてもアイデアなんて浮かんでこない。
図書室全体を見回してみる。
今日は人が少ない。いつもソファで本を読んでいる篠木こすもの姿もなかった。
企画のアイデアになりそうなものはない。
図書委員会らしい企画がしたいけれど……。
なかなか思いつかなかった。
「ちなみに、去年はなんだったの?」
「シークレットブックって言って、なんの本が入ってるかわからない袋をそれぞれが選ぶイベントだったよ。普段読まないジャンルと出会えて面白いんだって。俺は本あんまり読まないからさ、企画の楽しさに追いつけなかったけど」
図書委員会らしい、素敵な企画だと思った。けれど、本に偏りすぎると、当然本を読む人だけしか楽しめなくなる。図書委員会なのだから、なにも間違ってはいないのだろうけど。
「……どうせなら、いつも図書室に来ない人にも、楽しんでほしい」
「いつも図書室に来ない人?」
「うん。雫途くんみたいに普段あんまり読書をしない人も、図書室に来てよかったって思えるような企画」
いいね、と雫途くんが相槌を打つ。
けれど、本からまったく離れた企画は、よくない。
返却ボックスの本を眺める。
ここにある本は、ほとんど手にしたことがある。毎週読む本を変えるからだ。
雫途くんが雑誌を読んでいたり寝ている間に、わたしは隣でこれらの本を読んでいた。当番の間に読みきれなかった時は、借りて帰って読む。
図書委員になってから、ずいぶんと読書量が増えたような気がする。
読書をすると、いろんな価値観に触れることができた。いろんな境遇の、いろんな特徴の主人公になって、自分とはまったく違う世界を見ることができる。
作者が物語から何を伝えようとしているのかを考えながら読むこともできるようになってきた。
「……あ」
ぱちっと頭の中で電気がはじけた。
パズルのように散らばる考えが消えてしまわないように、雫途くんに右手を出す。彼はすぐにペンを渡してくれた。
「本の作者って、自分の気持ちとか、言えない本音とか、メッセージとか、そういうのをお話の中に盛り込んでることがあるでしょ」
「うん」
「読書って、その作者の心の中をのぞくことなのかもしれない、って、最近思ったの」
毎週水曜日、彼の隣で本を読んでいるうちに、そう思うようになった。違う価値観を持って生きてきた人の考え方を分けてもらう。それは物語に登場するキャラクターに託されていたり、物語全体にちりばめられていたりする。
「私たちもそれをすればいいと思うの」
「それってつまり、どういうこと?」
雫途くんが身を乗り出してくる。頭の中にぐちゃぐちゃに散らばる思考が、なかなかまとまらない。断片的なものだけをつまみ上げる。
「作者と同じように、普段は言えないこととか本音を、文字にできたらいいのに、って。それで、それを自分を知らない人に読んでもらうの」
「うん」
「もちろん、わたしたちは作家じゃないし、本を書くのは大変だから……本音をそのまま書くことにはなっちゃうかもしれないけど……」
そうやって本音を書いて、誰かに認めてもらうことができたなら。共感されたとしたら。それはその人の、力になるんじゃないか、って。
相槌を打つだけだった雫途くんが「だけど」と口を開いた。
「だけど、さ。たぶん、本音をいうのって、簡単なことじゃない人もいると思うんだ。そういうのってほら、すごく、繊細な話題だし」
雫途くんが、口元に手を遣る。
「俺だったら……俺がどんなことに悩んでるとか、どういう価値観してるかとか……人に知られるのは、いやだ」
そう言ってから、雫途くんがへらりと笑う。仮面のような笑みを、張り付ける。
「仮面……」
そうだ。顔を隠してしまえば。
「仮面をつけて、顔がわからないようにするっていうのはどう?」
「仮面?」
雫途くんが不思議そうに首をかしげる。
「誰だかわからないように、顔を覆い隠すものがあればいいんじゃないかな。いま、パッと思いついただけなんだけど……」
本音を吐露することをためらう理由のいちばんは、自分の考えとして人に知られてしまうからなのではないか。たしかにわたしも、誰だか知られている中で、本音をみせるのにはためらいがある。
「いいね。たしかにそれだと、顔がわからないぶん本音を明かしやすいかも」
雫途くんが同意する。
頭のなかに散らばっていた考えが、一つの場所へと集まっていく感覚になる。
「あ、でも……仮面って、高校生にもなってちょっと恥ずかしいかな」
「仮面の種類にもよるんじゃない? 仮面をデコレーションしておしゃれにしたら、文化祭っぽくていいと思うけど。去年とかも、きらきらした仮面付けて歩いてる人とかいたし。それに、この仮面は顔を隠すためなんだから、俺は名案だと思うよ」
雫途くんがピン、と人差し指を立てた。
「内容を声に出さないっていうのもいいと思う。書くだけなら、なんとなくハードルが低い気がする」
「わかる。声に出すとどうしても、誰か特定しやすくなっちゃうし」
「でも、本音を書くってどこに?」
本音を書くだけでは、たぶんすっきりしない。その本音を、自分ではない誰かに共感してもらえたり、肯定してもらえることで、きっとはじめて満たされる。
だって、普段は見せられない本音なのだから。
「たとえば、小さい短冊とかに悩みを書いて、その裏に見た人が返事を書く、っていうのはどうかな」
「……返事」
「顔も名前もわからない人の本音に、顔も名前もわからないひとからの返事がつく。書き終わった短冊は、あとで本人のところに返す。ひとりひとり短冊をとってもらえば、返せるでしょ」
「たしかに」
雫途くんが大きく頷く。
「椿季さん、すごいよ。面白そう」
「でも、肝心なのは……どこで本音を書いて、その短冊をどこに置くか、ってことなんだけど。机に並べておくんじゃ、ちょっと地味っていうか」
せっかく仮面をかぶっても、本音を書いて、人の短冊に返事を書くだけで終わってしまう。机に短冊を並べたとしたら、自分の短冊がどこにあるか、誰が自分に返事を書いているかがわかってしまいそうだ。
うーんと唸る。
もっとわくわくする方法はないのか。
「本に挟んでみるのは?」
雫途くんがそう言ってわたしを見た。彼は返却ボックスにあった本を手に取る。そして、適当なページを開いた。
「たとえば、こうやってページの隙間に短冊を挟む。挟むページは、その人が好きなシーンだったり、言葉だったりが載っている場所」
雫途くんが机の上にあった栞を挟む。パタリと本を閉じた。
「こうしたら、どの本にどんな本音が入っているのか、分かんないからわくわくしない? 短冊が挟まれてるのか、そうじゃないのか。どのページに挟まれてるのか」
「なるほど……!」
「参加する人は、短冊に本音を書いて、挟む本を選ぶ。さすがに図書室全部の本だと見つけるのが大変だと思うから、ある程度冊数は俺たちで絞ろう」
わあ、と声が洩れた。一瞬浮かんだ案が、ここまでまとまるとは思わなかった。
「おっけい。俺、企画書書いてみるよ」
「いいの?」
「うん。椿季さん、すごくいい案出してくれたし。俺もこれくらいはしないと」
「なに言ってるの。雫途くんも同じくらい案だしてるでしょ」
むしろ、わたしの散らばった案を整理して、穴を埋めて、まとめてくれているのが雫途くんだ。
「ま、委員長だし。大丈夫、俺がやるよ」
「名前だけなのに……」
「ははっ。それでも委員長は委員長ですから」
変なところで委員長の権限を使ってくるから、なんだか笑える。
「企画の名前、どうしよっか」
仮面をかぶって、人の本音を読む。
「仮面読書会……?」
「いいね。仮面舞踏会みたいで。わくわくする」
雫途くんが頷いてくれて、安堵する。じゃあそれで企画書書いとくね、と雫途くんは微笑んだ。
ひとまず話がまとまって、一息つく。
時計を見た。時刻は17時54分。もうすぐ図書室を閉める時間だ。いまの図書室にはわたしたちしかいない。
今日は篠木こすもの姿が見えなかった。
「そういえば篠木さん、いつも最後の時間まで図書室にいるよね。いつもって言っても、水曜日しか見てないからわかんないんだけど」
「たしかにずっといるかもね。それがどうかしたの?」
「わたしだったら、すぐに帰りたくなっちゃうなと思って。家ってすごく落ち着くから。そうじゃない?」
図書室も落ち着くけれど、家のほうがもっとずっといい。わたしならそう思ってしまう。
なのにいつも最後までいるということは、篠木こすもはこの図書室が大好きなのかもしれない。
雫途くんは「うーん」と声を伸ばしながら窓の外を見つめた。
「まぁ、篠木の家は……いろいろあるから」
そう言って目を細める。まるで深い事情まで知っているような口調だ。
たしかに、雫途くんはずっと篠木こすもに対して意味深な発言をしている。家庭の事情まで知っているなんて、彼と彼女は、いったい。
「篠木さんのこと、すごく知ってるんだね」
「あー、付き合い長いし。幼馴染みだからさ」
「……え?」
雫途くんの口から飛び出した言葉にフリーズする。ぽろりと告げられた新たな事実。
「幼馴染み……?」
「そうだよ。言ってなかったっけ」
「うん。アヤキさんが幼馴染みっていうのは知ってたけど、篠木さんのことなんて、ちっとも」
「あ、そっか。俺と絢樹と篠木、3人で幼馴染みなんだよ。家が近くて、昔から一緒に遊んでたんだ」
まったく知らなかった。幼馴染みなら、やたら親密そうだったのも納得だ。
「じゃあ、篠木さんとアヤキさんも仲良しってこと?」
「んー、まぁ、そうじゃないかな。今はあんまり一緒にいるとこみないけど、昔は仲良くしてたよ」
「そう、なんだ」
意外な接点。雫途くんの人間関係には驚かされることばかりだ。
わたしは彼のことをまだ全然知らない。
「椿季さんは?」
「え」
「幼馴染みとか、いないの? 昔から仲良い人とかさ」
瞳をとじると、まぶたの裏に顔が浮かぶ。あどけなくて、なつかしい。
「……いた、よ」
「いた?」
「うん。いたけど……今はどうしてるのか、わかんないんだ」
雫途くんはそれ以上聞いてこなかった。ただ、「そっか」とつぶやいて前を向く。
雑談を流すみたいに、そっけない。けれど今は、その軽さに救われるような気がした。



