陽キャのふりは、君にだけバレる

「昨夜さ、サッカー部のグループに動画回ってきて。俺がボール踏んで転んだ瞬間、犬の鳴き声つけられてんの」

健太が笑った。

白石が笑った。机を囲んでいた連中も、一斉に笑った。

俺は、健太の転び方と犬の声を頭の中でつなげてから、二拍遅れて笑った。

「あはは、何それ」

なるほど。そこが面白いのか。

今のは遅い。

次は先に笑え。

「ていうか健太、犬よりいい声出てんじゃん」

「そこ!? 俺の心配は?」

「動画送って。落ち込んだ日に見るから」

「用途ひどくね?」

今度は間に合った。むしろ俺の一言で、もう一度笑いが起きた。

よし。これで昼休みの俺は、今日もノリのいい安西凪だ。

こういうのを陽キャと呼ぶらしい。便利な分類だと思う。俺が会話へ入る前に、誰の顔を見て、どの速さで返事をするか決めていることまでは、分類に入らない。

この輪が嫌いなわけじゃない。健太の話は、本当に面白い時もある。白石の少し冷たい突っ込みも好きだ。

ただ、一度でも反応を外したら、自分だけ椅子ごと半歩ずれる気がする。だから追いつく。次も当たり前に誘ってもらえるように。

窓側の少し離れた席から、久住が一度だけこっちを見た。

目が合う前に、久住は視線を戻した。男子バレー部で、体育祭係。無口で運動ができる。同じクラスでも、まともに話したことはほとんどない。

「凪って、毎回ちゃんと笑うよね」

白石が紙パックのストローをくわえたまま言った。

「何。急に褒めるじゃん」

「褒めてない。全部に同じ顔で乗らなくても、仲間は仲間でしょ」

「昼休みから深いな。ダンス部ってそこまで教わるの?」

俺が笑うと、白石は「はいはい」と肩をすくめた。

意味はよく分からないことにした。



終礼後、机を教室の後ろへ寄せた。

先生が黒板へ「応援パフォーマンス」と書き、振り返る。

「今日から終礼後の三十分は準備時間。三分間、全員参加。役割は自分たちで決めてくれ」

それだけ言って、進行を体育祭係へ渡した。

体育祭まで十九日。短いようで、失敗するには十分長い。

「振り付けは白石でよくない? ダンス部だし」

「隊形も分かるっしょ」

「じゃあセンターも白石?」

黒板の前に立つ白石へ、役目が一つずつ積まれていく。言っている方に悪気はない。頼れそうな人へ頼んでいるだけだ。

白石も最初は「振り付けなら」と答えていた。けれど、隊形の話が出たあたりで返事が短くなった。センターと言われた時には、黒板へ向けたペンが止まった。

困っている。たぶん、誰もそこまでは見ていない。

俺がセンターをやれば、白石の仕事が一つ減る。クラスの役にも立てる。頼られた時に断らなければ、次もこの輪の中にいられる。

どれが最初の理由だったか分からないまま、俺は手を挙げていた。

「じゃ、俺やるよ。センター」

教室の視線が、まとめてこっちへ来た。

一瞬だけ、引っ込めたくなった。でももう遅い。

「お、いいじゃん。凪ならいける!」

健太がすぐ乗ってくれた。周りも「似合う」「盛り上がりそう」と続く。

白石だけが俺を見ていた。

「凪、ダンス平気?」

「余裕。三分でしょ?」

口だけなら、本当に余裕だった。

問題は身体だ。俺は体育の見本に選ばれただけで、左右が分からなくなる男である。

「じゃあ前列の相方は、体育祭係の久住。立ち位置は凪の斜め右ね」

「分かった」

久住が短く答えた。

「よろしく、安西」

「おう。よろしく」

返事はうまく出た。

足までうまく動く保証は、どこにもない。

最初は本当に簡単な足運びだった。

白石が前で見本を見せる。

「右に出て、戻る。左に出て、戻る。一、二、三、四」

皆が何度か動いたあと、センターから合わせようという話になった。

俺が教室の真ん中へ立つ。

さっきまでばらばらだった視線が、一気に集まった。

「じゃあ、凪から。せーの」

「一、二、三、四」

白石の声が聞こえる。

右足を出す。戻す。次は左。

分かっているのに、足が床へ貼りついたように止まった。

「センター、フリーズしてる」

健太が軽く笑った。周りにも笑いが広がる。馬鹿にしている笑いじゃない。それくらい分かる。

だから俺も笑った。

「演出、演出。最初から完璧だと面白くないじゃん?」

「本番でその演出いらないからね」

白石が呆れた声を出し、空気はすぐ戻った。

久住だけは笑っていなかった。

俺の顔ではなく、止まったままの足元を見ていた。

それが妙に嫌だった。

「もう一回やる?」

「平気。順番ちょっと混ざっただけ」

早口で答えた。

「次はいける」

自分から言って、また失敗した。誰も責めなかった。それが余計に恥ずかしい。

結局、その日の練習は一度もまともに通らなかった。

三十分が終わると、白石が手を叩いた。

「今日はここまで。凪も、もう無理にやらなくていいよ」

「無理じゃないって。俺、少しだけ確認してく」

「凪、明日もあるぞ?」

健太にも言われたので、いつもの顔で笑った。

「平気。こういうの、初日に潰しときたいタイプだから」

本当は、皆がいるうちに一度くらい成功したかっただけだ。



解散後、人のいない場所を探して、体育館脇の屋根付き通路へ来た。

蒸した風が抜け、体育館からボールの弾む音だけが届く。ここなら、通りかかる生徒も少ない。見られなければ、失敗しても笑う必要がない。

「一、二、三、四。右、戻る、左、戻る」

できる。誰も見ていなければ、足は動く。

もう一度。

「一、二、三――違う。なんで今、両足とも右のつもりだった?」

自分の足なのに、意思疎通が難しい。

「落ち着け。足は二本。選択肢も二つ。いける、俺」

「二から三」

背後から声がして、全身が固まった。

振り返ると、通路の入口に久住が立っていた。

「……なんでいるの」

「部活の前」

「いつからいた?」

「足が二本のあたり」

最悪だ。かなり最悪のあたりだ。

「別に、確認してただけ。もう帰る」

「止まるの、二から三の間だろ」

帰ろうとした足が、また止まる。

「右を戻したあと。次の左を出す前に、周りを見る」

「さっき、一回しか見てないだろ」

「一回で分かった」

笑いもせずに言い切られた。

見透かされたみたいで、腹が立つ。こっちは笑ってごまかしたのに、久住だけがごまかされていない。

「何。笑えば?」

「笑うところじゃない」

即答だった。慰める感じも、気を遣う感じもない。ただ、本当にそう思っている声だった。

「頼んでないけど」

「うん」

「うん、じゃなくて。部活あるだろ」

久住は少しだけ考えるように黙った。俺の返事を待っているのかと思ったら、違った。

「明日から、俺も残る」

助かった、より先に、明日も失敗を見られる、が来た。

顔から血の気が引く。

なのに、ひとつだけ胸に残った。

久住は教室でも、今も、一度も笑わなかった。