教壇の方から騒めくとともに聞き慣れた足音が近づいてきた。
顔を上げれば、担任から頼まれたクラス全員分の『進路希望調査の提出プリント』を抱えている学級委員長の神宮寺暁の姿があった。
神宮寺は途中で女子グループに呼び止められて爽やかに笑い返したり、通りすがりの男子と軽く肩をぶつけ合って軽口を叩いたりしながら、クラスの中心人物らしい圧倒的なオーラを放って順調にプリントを配っていく。
その眩しい光景を僕は英語の教科書の隙間から、まるで天敵を物陰から観察する小動物のような目つきで盗み見ていたと思う。
それほど、神宮司暁と言う人物は僕の中では輝いて見えているのである。
(眩しすぎる……太陽の化身あの男は……お願いだから、僕みたいな日陰の生き物の視界に入らないでくれ!頼むから!)
そんな事を心の中で囁いても、神宮司には絶対に聞こえない。
だが、学級委員としての神宮寺の有能さはこういう時だけにやけに発揮される。
仕事は滞りなく進み、ついにその足音は教室の一番奥――僕の席へと、まっすぐに伸びてきた。
タタッ、タタッ、と規則正しい足音が近づくたびに、僕の心臓の鼓動がうるさくなっていく。
どくっ、どくっと言う心臓が激しく動いているのがわかった。
(来る……。来るぞ……!)
微かに手を震わせながら座っていると、近くで声を聞こえた。
「――はい、天野の分だよ」
目の前に、綺麗に整った手が伸びてきた。
顔を上げると、そこには整った顔立ちに涼やかな笑みを浮かべた神宮寺が立っていた。
クラスの誰もが憧れる完璧な学級委員の姿を間近にして、僕は緊張のピークを迎える。
「あ、が、とう……」
声に出そうとしたが、あまりの至近距離に気圧されて、喉の奥で詰まってしまった。
おまけに極度の緊張から指先が微かに震え、差し出されたプリントを受け取ろうとした瞬間、指と指が触れ合うのを恐れてしまうあたり、盛大にビクッと肩を跳ねさせてしまう自分がいた。
しまった、と思った時にはすでに遅い。
慌てて掴もうとした拍子に、プリントはひらひらと僕の机の上へ滑り落ちてしまう。
急いでそれを拾おうと反射的に手を伸ばしたところ、先に拾い上げようとした神宮寺の手と、僕の手が完全に重なってしまう。
僕のキャパはもうパニックの限界値を超えていた。
頭の中が真っ白になり、僕は顔を真っ青に染め上げたまま、まるで威嚇する子猫のようにその場でピタリと硬直してしまった。
他の生徒の前では絶対に見せない、そのあまりの怯えっぷりと、あからさまな小動物的挙動——それを間近で目撃した神宮寺の動きがピタリと止まった。
「――っと。大丈夫か天野?」
クラスメイトに見せるいつもの爽やかな響きとは違う、どこか探るような低い声が降ってくる。
僕は引き攣った顔のまま、声にならない声でなんとかしゃべる。
「う、うん……じゃなくて、だ、大丈夫です……」
まるで機械のようにしゃべっている自分が恥ずかしくてたまらない。
ガチゴチに固まってる僕の姿を、多分驚いた顔で見ていたのだろう。
神宮寺は散らばったプリントを綺麗にまとめ直すと、僕の机の上にそっと置き、周囲の喧騒にかき消される絶妙なトーンで、ふっと意味深な笑みを浮かべた。
「なあ。天野……さっきからすごい勢いで震えてるけど……俺、そんなに怖いことしたか?」
「して、ない、です……。ただ、その、近いから……じゃなくて、人が多いから……」
しどろもどろに言い訳を重ねる僕を見ながら、神宮寺はさらに面白がるように目を細めた。
「いや……想像以上に怯えてるんだなって思って……面白いな、お前」
「…………え?」
突然、その低い声と、すべてを見透かしたような含みのある響きに、僕の心臓は早鐘のように激しく鳴り響いた。
この人は一体、何を言っているのだろうか、と。
思わず目を見開いて、目の前の人物に視線を向けた。
「……っ、な、なんですか!」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど情けなく震えていたのかもしれない。
そして、思った。
——ああ、終わった、と。
僕が今まで必死に積み上げてきた、完璧でクールな『孤高の一匹狼』のメッキは、この瞬間に音を立てて完全に剥がれ落ちたのだと、僕は冷や汗を流しながら悟るしかなかった。
顔を上げれば、担任から頼まれたクラス全員分の『進路希望調査の提出プリント』を抱えている学級委員長の神宮寺暁の姿があった。
神宮寺は途中で女子グループに呼び止められて爽やかに笑い返したり、通りすがりの男子と軽く肩をぶつけ合って軽口を叩いたりしながら、クラスの中心人物らしい圧倒的なオーラを放って順調にプリントを配っていく。
その眩しい光景を僕は英語の教科書の隙間から、まるで天敵を物陰から観察する小動物のような目つきで盗み見ていたと思う。
それほど、神宮司暁と言う人物は僕の中では輝いて見えているのである。
(眩しすぎる……太陽の化身あの男は……お願いだから、僕みたいな日陰の生き物の視界に入らないでくれ!頼むから!)
そんな事を心の中で囁いても、神宮司には絶対に聞こえない。
だが、学級委員としての神宮寺の有能さはこういう時だけにやけに発揮される。
仕事は滞りなく進み、ついにその足音は教室の一番奥――僕の席へと、まっすぐに伸びてきた。
タタッ、タタッ、と規則正しい足音が近づくたびに、僕の心臓の鼓動がうるさくなっていく。
どくっ、どくっと言う心臓が激しく動いているのがわかった。
(来る……。来るぞ……!)
微かに手を震わせながら座っていると、近くで声を聞こえた。
「――はい、天野の分だよ」
目の前に、綺麗に整った手が伸びてきた。
顔を上げると、そこには整った顔立ちに涼やかな笑みを浮かべた神宮寺が立っていた。
クラスの誰もが憧れる完璧な学級委員の姿を間近にして、僕は緊張のピークを迎える。
「あ、が、とう……」
声に出そうとしたが、あまりの至近距離に気圧されて、喉の奥で詰まってしまった。
おまけに極度の緊張から指先が微かに震え、差し出されたプリントを受け取ろうとした瞬間、指と指が触れ合うのを恐れてしまうあたり、盛大にビクッと肩を跳ねさせてしまう自分がいた。
しまった、と思った時にはすでに遅い。
慌てて掴もうとした拍子に、プリントはひらひらと僕の机の上へ滑り落ちてしまう。
急いでそれを拾おうと反射的に手を伸ばしたところ、先に拾い上げようとした神宮寺の手と、僕の手が完全に重なってしまう。
僕のキャパはもうパニックの限界値を超えていた。
頭の中が真っ白になり、僕は顔を真っ青に染め上げたまま、まるで威嚇する子猫のようにその場でピタリと硬直してしまった。
他の生徒の前では絶対に見せない、そのあまりの怯えっぷりと、あからさまな小動物的挙動——それを間近で目撃した神宮寺の動きがピタリと止まった。
「――っと。大丈夫か天野?」
クラスメイトに見せるいつもの爽やかな響きとは違う、どこか探るような低い声が降ってくる。
僕は引き攣った顔のまま、声にならない声でなんとかしゃべる。
「う、うん……じゃなくて、だ、大丈夫です……」
まるで機械のようにしゃべっている自分が恥ずかしくてたまらない。
ガチゴチに固まってる僕の姿を、多分驚いた顔で見ていたのだろう。
神宮寺は散らばったプリントを綺麗にまとめ直すと、僕の机の上にそっと置き、周囲の喧騒にかき消される絶妙なトーンで、ふっと意味深な笑みを浮かべた。
「なあ。天野……さっきからすごい勢いで震えてるけど……俺、そんなに怖いことしたか?」
「して、ない、です……。ただ、その、近いから……じゃなくて、人が多いから……」
しどろもどろに言い訳を重ねる僕を見ながら、神宮寺はさらに面白がるように目を細めた。
「いや……想像以上に怯えてるんだなって思って……面白いな、お前」
「…………え?」
突然、その低い声と、すべてを見透かしたような含みのある響きに、僕の心臓は早鐘のように激しく鳴り響いた。
この人は一体、何を言っているのだろうか、と。
思わず目を見開いて、目の前の人物に視線を向けた。
「……っ、な、なんですか!」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど情けなく震えていたのかもしれない。
そして、思った。
——ああ、終わった、と。
僕が今まで必死に積み上げてきた、完璧でクールな『孤高の一匹狼』のメッキは、この瞬間に音を立てて完全に剥がれ落ちたのだと、僕は冷や汗を流しながら悟るしかなかった。



