数日後。藤原は事件現場となった郊外の公園を訪れていた。
街灯もまばらな、夜になれば漆黒に包まれるような寂れた公園。現場のベンチ周辺には、警察の手が入った痕跡と、誰かが供えたらしき萎れた花束が置かれていた。
藤原は現場検証の様子を知る地元警察の関係者から聞き出した情報を思い返していた。
『奪われたはずの百二十万円は、現場からも容疑者の所持品からも出てこなかった。どこかに隠したのか、それとも最初から存在しなかったのか……』
百二十万円の行方は依然として不明のままだった。
取材の合間、喉の渇きを覚えた藤原は、公園のすぐ向かいにある小さなコンビニに入った。事件当夜、二人が最後に立ち寄ったと見られている店舗だ。
レジでコーヒーを買い、店を出ようとした時、店舗横のごみ箱の清掃をしていた店員と警察官が立ち話をしているのが目に入った。
「……ええ、事件の夜の監視カメラの件です。男二人が入ってきて、レジで飲み物を買っていったやつです」
藤原は足を止め、耳を澄ませた。
「あの二人は揉めている様子なんてなかったですよ」
店員が首をひねりながら警察官に話していた。
「すごく静かで……いや、むしろ仲が良さそうに見えましたけどね。二人で缶ビールを二缶買って、そのまま公園の方へ歩いていきました」
警察官がメモを取り終えて去った後、藤原は店員に声をかけた。
「すみません、週刊誌の者ですが。二人が買ったのは缶ビールですか?」
「あ、はい……同じ缶ビールをひとつずつ。二人で買って、店を出てすぐのベンチで並んで開けてましたよ」
藤原は眉をひそめた。
脅し取り、追い詰め、強盗殺害に至る直前の人間関係。
片や全額の百二十万円を奪われ、絶望のフチにいたはずの被害者。
片や友人を脅迫し、これから殺害しようとしていた不遇な加害者。
そんな二人が、夜のコンビニで同じ缶ビールを買い、並んで飲んでいた?
(……なぜだ?)
胸の奥に、冷たい違和感が走った。
もし本当に凄惨な金銭トラブルなのだとしたら、そんな穏やかな時間が流れるはずがない。二人の間にあったのは、憎しみや脅迫ではなく、まったく別の何かだったのではないか?
「……いや」
藤原はすぐに頭を振った。
思考を打ち消すように、手に持った温かい缶コーヒーを強く握りしめる。
何を考えているんだ。二人で酒を飲んで冷静さを装っていただけかもしれない。あるいは、容疑者が被害者を油断させるための嘘の「乾杯」だったのかもしれない。
自分の書いた記事は間違っていない。世間はすでにあの記事を受け入れ、怒り、納得しているのだ。今さら「二人は穏やかにビールを飲んでいたかもしれない」などという記事を出したところで、誰が喜ぶというのか。
自分は間違っていない。自分が社会に提示した「物語」こそが、この事件の真実なのだ。
スマホが鳴った。デスクからだった。
「藤原! テレビのワイドショーがうちの記事を全面的に取り上げてくれたぞ! 次の一手だ。次は被害者の親族や友人のコメントを取ってこい。『あんなに明るかった青年ががなぜ殺されなければならなかったのか』って泣かせるんだ!」
「了解しました。すぐに向かいます」
藤原は迷いを振り払うように一気に声を張った。
カメラを握り直し、駅へ向かって歩き出す。
ふと空を見上げてみる。街灯の明かりが眩しすぎて、空には星ひとつ見えない。
こんな暗闇の中でも、都会の光は容赦なく人間を照らし出す。
事実は変わらない。
ただ、二人が分け合った缶ビールの本当の味を知る者は、もうこの世界のどこにもいなかった。
街灯もまばらな、夜になれば漆黒に包まれるような寂れた公園。現場のベンチ周辺には、警察の手が入った痕跡と、誰かが供えたらしき萎れた花束が置かれていた。
藤原は現場検証の様子を知る地元警察の関係者から聞き出した情報を思い返していた。
『奪われたはずの百二十万円は、現場からも容疑者の所持品からも出てこなかった。どこかに隠したのか、それとも最初から存在しなかったのか……』
百二十万円の行方は依然として不明のままだった。
取材の合間、喉の渇きを覚えた藤原は、公園のすぐ向かいにある小さなコンビニに入った。事件当夜、二人が最後に立ち寄ったと見られている店舗だ。
レジでコーヒーを買い、店を出ようとした時、店舗横のごみ箱の清掃をしていた店員と警察官が立ち話をしているのが目に入った。
「……ええ、事件の夜の監視カメラの件です。男二人が入ってきて、レジで飲み物を買っていったやつです」
藤原は足を止め、耳を澄ませた。
「あの二人は揉めている様子なんてなかったですよ」
店員が首をひねりながら警察官に話していた。
「すごく静かで……いや、むしろ仲が良さそうに見えましたけどね。二人で缶ビールを二缶買って、そのまま公園の方へ歩いていきました」
警察官がメモを取り終えて去った後、藤原は店員に声をかけた。
「すみません、週刊誌の者ですが。二人が買ったのは缶ビールですか?」
「あ、はい……同じ缶ビールをひとつずつ。二人で買って、店を出てすぐのベンチで並んで開けてましたよ」
藤原は眉をひそめた。
脅し取り、追い詰め、強盗殺害に至る直前の人間関係。
片や全額の百二十万円を奪われ、絶望のフチにいたはずの被害者。
片や友人を脅迫し、これから殺害しようとしていた不遇な加害者。
そんな二人が、夜のコンビニで同じ缶ビールを買い、並んで飲んでいた?
(……なぜだ?)
胸の奥に、冷たい違和感が走った。
もし本当に凄惨な金銭トラブルなのだとしたら、そんな穏やかな時間が流れるはずがない。二人の間にあったのは、憎しみや脅迫ではなく、まったく別の何かだったのではないか?
「……いや」
藤原はすぐに頭を振った。
思考を打ち消すように、手に持った温かい缶コーヒーを強く握りしめる。
何を考えているんだ。二人で酒を飲んで冷静さを装っていただけかもしれない。あるいは、容疑者が被害者を油断させるための嘘の「乾杯」だったのかもしれない。
自分の書いた記事は間違っていない。世間はすでにあの記事を受け入れ、怒り、納得しているのだ。今さら「二人は穏やかにビールを飲んでいたかもしれない」などという記事を出したところで、誰が喜ぶというのか。
自分は間違っていない。自分が社会に提示した「物語」こそが、この事件の真実なのだ。
スマホが鳴った。デスクからだった。
「藤原! テレビのワイドショーがうちの記事を全面的に取り上げてくれたぞ! 次の一手だ。次は被害者の親族や友人のコメントを取ってこい。『あんなに明るかった青年ががなぜ殺されなければならなかったのか』って泣かせるんだ!」
「了解しました。すぐに向かいます」
藤原は迷いを振り払うように一気に声を張った。
カメラを握り直し、駅へ向かって歩き出す。
ふと空を見上げてみる。街灯の明かりが眩しすぎて、空には星ひとつ見えない。
こんな暗闇の中でも、都会の光は容赦なく人間を照らし出す。
事実は変わらない。
ただ、二人が分け合った缶ビールの本当の味を知る者は、もうこの世界のどこにもいなかった。



