君と僕だけの星空


 僕は人生に絶望していたんだ。生きる意味なんてなかった。ただ毎日が過ぎていくだけ。












 高校に入る直前、火事で家も家族も燃えてからそう思うようになった。自分だけが死ねなかった。












 周りの人たちはみんな心配してくれる。「大丈夫?」「辛かったね」「何か困ったことがあればいつでも頼ってね」










 でも、僕がほしかったのはそんな言葉じゃなかった。










 他人の感情も自分の感情も分からなくなった。常に可哀想な人だと思われているんじゃないか。そう思うと息が詰まった。











 周りは次第に距離を取るようになった。それで良かった。僕も周りとどう接していいか分からなかったから。











 でも、君は違った。君は黙って隣を歩いてくれたね。









火事で全部を失って、真っ暗闇の中にいた僕の手を引いて、街の灯りが届かない高台へ連れて行ってくれたね。







「街の明かりが眩しくても、ちゃんと探せば星は見えてるんだよ」






街中でも綺麗に輝く星空を見せてくれたあの日から、星は僕の暗闇を照らす生きる支えになった。同じ暗い夜空を一緒に照らしてくれるような気がした。









誰もが君を「太陽」だと持ち上げる中で、暗闇の中にいた僕だけが、君にとっての「月」になれていたのかもしれない。










 特に何か言うわけでもない。ただ黙って隣にいてくれた。








 それがどれだけ僕の心を救ったか。











 君と僕は友達になって、時間を過ごすようになった。君がいたから、僕は今日まで生きてこれたんだ。










 高校卒業後は進路がバラバラで、君は有名私立大学に行って、僕は生活費を稼ぐために工場で働くことにした。










 たしかに裕福ではなかったけれど、毎日のちょっとした幸せを大切にして、充実した日々を送っていたよ。それもこれも全部、君のおかげだ。










 君とは半年に一度の頻度で会ったね。







 友達も少なくて家族もいない僕にとって、その日はずっと心待ちにしている特別な時間だった。






いつからだろう、君からのメッセージは少しずつ様子が変わっていった。





『みんなが僕を太陽みたいだって言うんだ。明るくてみんなから頼りにされていてって。』




『いまの僕はちゃんと期待に応えられているんだろうか、僕はちゃんと僕かな』







特別に悲痛な文章を送ってくるわけじゃない。


でも、工場で休憩中、スマホの画面に届く君の言葉を見るのが怖かった。

同僚は僕が借金アプリでも見ていると思ったらしいけれど、違う。



僕はただ、少しずつ、でも確実に壊れていく君の言葉を画面越しに受け止めて、どう返せばいいのか分からなくて、ただ立ちすくんでいたんだ。







なんて返せば良かったんだろう、もっと早く、、、、、








 君と半年ぶりに会ったとき、今までの君とは全く違う君がそこにいた。生気がなかった。







「どうしたの?」とは聞かなかった。僕は君が以前僕にしてくれたように、ただ黙って隣にいた。










 すると君は「ありがとう」と言って、ぽつぽつと話し始めてくれたね。









 何か特別な出来事があったわけじゃない。ただ毎日のちょっとした不条理や悩みの積み重ね。それが積もり積もって、もう戻れなくなってしまったんだと。










 長袖の裾から見える君の手は傷だらけで、顔もこけて、手はずっと震えていた。









 僕は黙って君の話を聞いたよ。そして、その手を握った。あの日あのとき、君が僕を救ってくれたように僕もそうしたかった。でも、もう手遅れだった。










 君は涙をこぼしながら「ありがとう」と言ってくれた。でも、「もう戻れない」と伝えてきた。












 引き留めたかった。でも、何の言葉も出てこなかった。「辛いならやめていい」、そんな言葉しか頭に浮かばなかった。だから、何も言えなかった。













 君はさっき銀行で下ろしてきたという札束を見せて、「これでどこか遠くへ“いく”」と言った。











「最後に会えて良かったよ」と、弱々しく微笑んでくれた。








 でも僕は、君を一人で“いかせる”なんてこと、させたくなかった。













「僕も一緒に行く」と伝えた。君は困った顔を見せたけれど、最後にはうんと頷いてくれたね。













 翌朝、工場に退職届を出して荷物をまとめ、君と二人で電車に飛び乗った。











「あてはあるのか」と聞くと、「特に何もない。ただ、星が綺麗に見える場所がいい」と君は言った。









 二人で行けるところまで、遠くへ行った。











 辿り着いたのは何もない場所。でも、夜空には星が綺麗に輝いていた。









 途中のコンビニで買った缶ビールを二人で開けて飲んだ。






 何もない静けさの中で、ただ並んで座っていた。




 君はポケットから薬を出したね。「もうこれしかないんだ」と。










 僕は迷わず「僕にもくれ」と言った。


「ちゃんと用意してきたよ」と、君は鞄から僕の分の薬を差し出してくれた。












 どこか悲しげな、でもすっきりとした笑顔で、二人で薬を飲んだね。






二人で夜空を見上げながら開けた缶ビールの黒いフチに、小さな星が綺麗に映り込んでいた。






太陽も、星も、自分で光を放つ存在としては同じかもしれない。






でも君は、世界を照らし続ける眩しすぎる太陽になりたかったわけじゃなかったんだね。



君は優しいから、優しすぎるから。



周りの期待に応えようと自分を燃やし尽くして、疲れ果ててしまった君が欲しかったのは、ただ暗闇の中で、僕の隣で静かに光る「星」になることだった。









『君の隣なら、僕はただの星になれる』


君は僕の横でそう呟いた。













 意識が遠くなる中で、星だけがずっと綺麗に輝いていた。繋いだ手は離さないままで。