煙草を吸い終え、佐藤はオフィスへ戻った。
パソコンの画面を開き、ニュース記事の下にある掲示板に、匿名のコメントを書き込み始める。
『殺人は許されない。だけど、この容疑者責められないよ。手取り15万で孤立して生きてて、片や恵まれた環境の友人。この社会が彼を追いつめたんだと思う。この世界は生きづらすぎる。彼責める奴らは、本当の底辺の苦しさを知らないんだ』
送信ボタンを押す。
自分の書き込んだ言葉が画面に反映されるのを見て、佐藤は小さな満足感を覚えた。
自分が少し救われたような、寂しさを分かち合えたような気がした。
だが、彼が同情した「加害者の絶望」もまた、ただの空想だった。
容疑者の男が、本当はどんな想いで生き、なぜ友人の手を握り、なぜ警察で沈黙を守っているのか。
過酷な労働に苦しんでいたからでも、社会への恨みがあったからでもない。その本当の感情を、佐藤が知る由はなかった。
週刊誌が作った「金銭トラブル」
テレビが作った「光と影」
女子高生が作った「歪んだ愛」
そして、疲弊したサラリーマンが勝手に重ね合わせた「社会への絶望」
誰一人として、当事者二人の本当の顔を見ていない。
自分の不満や孤独を埋めるための「都合のいい材料」として、外野の人間たちは事件を消費し続けていた。
佐藤は寂しげな顔で缶コーヒーを口に含んだ。
静まり返ったオフィスに、カタカタとキーボードを叩く孤独な音だけが再び響き始めていた。



