佐藤は煙草を吸おうと、オフィスを出て静まり返った非常階段へと向かった。
都会じゃ太陽は眩しいくらい見えても、夜の月、ましてや星なんて霞んで見えやしない。
俺たちみたいな人間は光を出すこともできず気付かれず消えていくんだ。
金属の踏み板に腰掛け、ライターで火をつける。紫煙が夜の冷たい空気に溶けていく。
「人を殺すのは、そりゃ絶対にいけないことだ……」
暗闇に向かって、誰に言い聞かせるでもなく呟いた。
だが、佐藤の頭の中では、容疑者の男に対する勝手な同情と共感がどんどん膨らんでいった。
若くして家族を失い、貧しい生活の中で必死に生きていた男。そんな彼の前に、眩しい日向の世界を歩く友人が現れたらどう思うだろうか。
自分はこんなに苦しいのに、友人は恵まれた環境で未来に満ちあふれている。それを見せつけられたとき、正気でいられる人間がどれほどいるだろうか。
(この世界は、あいつにとって生きづらすぎたんだよ……)
佐藤は思い込んでいた。
きっと男は、追いつめられて、社会の理不尽さに耐えかねて、突発的に引き金を引いてしまったのだと。
「真面目に生きてる奴ほどバカを見る。壊れちまうんだよな……」
煙草の灰を落としながら、佐藤は容疑者の男に自分を重ね合わせていた。
事件を起こした男の絶望は、いま自分が抱えているこの押しつぶされそうな閉塞感と同じものに違いない、と。
自分には一線を越える勇気も力もない。だが、すべてを投げ出して事件を起こし、取調室で沈黙を貫く男の姿に、佐藤はどこか羨望に似た歪んだ共感すら覚えていた。
「間違った勇気かもしれないけどさ……」
世間から「冷酷な殺人鬼」と叩かれる男を、自分だけは「生きづらい世界の被害者」として理解してやっているような気になっていた。



