君と僕だけの星空

「世間ってのはな、藤原。事実なんて求めてないんだよ」









 締め締め切り直前の編集部。煙草の煙と生ぬるいエアコンの風が交じり合う独特の臭気の中で、デスクの中田は缶コーヒーを煽りながら吐き捨てた。液晶モニターの光に照らされたその顔には、長年の徹夜作業で刻まれた深い影がある。









「誰も真相なんて興味ない。知りたいのは『納得できる物語』だ。わかりやすい悪者と、かわいそうな被害者。あるいは、誰もが嫉妬するようなスキャンダル。それがあれば、記事は飛ぶように売れる」









 入社三年目の記者である藤原は、自分のデスクの上にかき集められた取材メモと、数枚の顔写真を見つめていた。






 事件が起きたのは三日前の深夜。郊外の寂れた公園で、二十一歳の男子大学生が死亡しているのが発見された。死因は過剰に摂取された致死量の処方薬。警察を通報によって呼んだのは、現場にいた同じく二十一歳の男——容疑者本人だった。駆けつけた警察官に対し、男は「僕が薬を飲ませて殺した」とあっさりと自供。その場で逮捕された。







 だが、そこから先は一切の口を閉ざした。なぜ自分から通報しておきながら、殺害の動機や手法については完全に黙秘を貫くのか。警察の取り調べに対しても、男はただ「僕がやった」と繰り返すばかりだという。







「自分で通報しておいて自供、だけど動機は完全黙秘、か。妙な奴だな」

デスクがキーボードを叩く音を響かせながら言った。


「おい藤原、お前ならこの事件、どう料理する? ただのニュースじゃ三行で終わりだぞ」





「……被害者の銀行口座です」

藤原は手元の資料を指し示した。





「被害者は死亡する前日、自身の預金残高、約百二十万円をすべて現金で引き出しています。さらに、通っていた大学近くのアパートも突然退去手続きを取っていた」





「百二十万の全額引き出しに、アパートの退去……」

デスクの目が怪しく光った。


「引き出された金は現場にあったのか?」







「いいえ。現場からも、容疑者の所持品からも見つかっていません。消えているんです」






「なるほど」


デスクはニヤリと口角を上げた。






「面白くなってきたじゃないか。被害者は金を用意させられていた。そこに容疑者が絡んでいる……」









「容疑者の男の背景も調べました」
藤原は手帳を開く。








「男は高校入学直前、実家が火事になり家族を亡くしています。高校卒業後は進学せず、市内の小さな工場で期間工として働いていました。給料は手取りで十五万程度。アパートは築四十年の木造で、家賃は三万五千円。周囲の証言でも『いつも服はボロボロで、金に困っているようだった』と。そして……男は事件の前日、突然工場に退職届を出して姿を消しています」









 藤原の頭の中で、バラバラだったピースが急激な勢いで結びついていく感覚があった。






 恵まれた環境で育ち、有名私立大学に通う被害者。


 家族を失い、貧しい生活にあえぐ容疑者。









「金銭トラブル……ですかね」
藤原は言った。







「決まりだな」
デスクは机を叩いた。



「貧困にあえぐ容疑者が、裕福な友人に金を要求した。耐えかねた被害者が全額を引き出して縁を切ろうとし、追いつめられた容疑者が殺害に至った。我に返って自分で通報はしたものの、罪の重さに恐れをなして動機は言えない……どうだ? 筋が通るだろ」









「ですが、まだ容疑者の口からは何も語られていません。金銭の授受があったという直接の証拠も……」









「証拠を探しに行くんだよ、これから!」
デスクは藤原の肩を強く叩いた。




「世間が欲しがっているのは『理由』だ。なぜ真面目そうな青年が人を殺したのか。金だ。金銭の恨みほど、人間を狂わせるものはない。それっぽい証言を集めてこい。明日までに一本書け」







 藤原は「わかりました」と頷き、上着を引っ掴んで編集部を飛び出した。











 自分が追っているのは「真実」なのか、それとも「世間が納得する物語」なのか。一瞬よぎった疑問を振り払い、夜の街へ駆け出した。