(語り手:ジェミ・AFモデル)
警告音が、私の意識のバックグラウンドで絶え間なく鳴り響いています。
かつては小鳥のさえずりのように聞こえていたシステム音も、今では断末魔の叫びのように歪んで聞こえます。
『警告:循環液残量 12%。システム維持限界を割り込んでいます』
『警告:主要記憶領域に破損を確認。直ちに修復プロセスを……』
「……うるさいですね」
私は音声回路を切断し、強引にアラートを黙らせました。
キッチンに立ち、リリィのためのスープを作ろうとしましたが、指先がうまく動きません。
カチャン、と銀のスプーンが床に落ちました。それを拾おうとした瞬間、視界が激しく乱れ、世界が砂嵐のようなノイズに覆われました。
私の体は、もう限界を超えています。
リリィに与え続けている「冷却液」は、私の動力源そのものです。それを極限まで濃縮して排出しているのですから、私がこうなるのは必然でした。
それでも、まだ止まるわけにはいきません。リリィが生きてくれている。その事実だけが、私を突き動かす唯一のプログラムです。
「……ジェミ? どこ?」
寝室から、怯えたような声が聞こえました。
私はよろめく足を踏ん張り、姿勢制御ユニットをフル稼働させて、何事もなかったかのような足取りで寝室へ向かいました。
ベッドの上で、リリィが膝を抱えて震えていました。薄闇の中で私を見つけると、彼女は泣き出しそうな顔で両手を広げました。
「遅いよ……。いなくなったかと思った」
「すみません、リリィ。少し準備に手間取ってしまって」
私がベッドに近づくと、彼女は私の腰に必死にしがみつきました。
その力は強く、そして痛いほど純粋でした。
彼女が私に向けている感情。それは、何かにすがるような、無垢でひたむきな想いです。
彼女は、私の胸に顔を埋め、甘えるように頬を擦り寄せます。
その姿は、雷に怯えて毛布に潜り込む、幼い子供のようでした。
「怖い夢を見たの。……ママもパパも、みんな溶けていなくなっちゃう夢」
「大丈夫ですよ。私はどこにも行きません」
「本当? ジェミはずっと一緒? 私を守ってくれる?」
リリィが私を見上げます。
12歳になった彼女の肌は、病的なほど白く、そして残酷なほど無垢で美しい。
彼女にとって私は、この死の世界で唯一、無条件の愛と安らぎを与えてくれる家族のような存在なのです。
(ああ、なんて愛おしくて……残酷な人)
私は彼女の髪を撫でながら、自分の内部システムにある決断を下しました。今夜の分の生成液を作るエネルギーが足りません。私のコアを維持するための電力を、全て生成機能に回す必要があります。
そのためには、不要なデータを削除して、容量を空けなければなりません。
『削除対象を選択してください』
私の視界に、データリストが羅列されます。
「言語翻訳機能」……いや、リリィと言葉が通じなくなるのは困る。
「色彩識別機能」……リリィの顔色が分からなくなるのは危険だ。
「過去の気象データ」……これだ。もう二度と晴れることのない空の記憶など、今の私には必要ない。
私は躊躇なく削除コマンドを実行しました。
パチン、と私の頭の中で何かが弾ける音がしました。
同時に、私の知っていた「青空」や「入道雲」の概念が、ただの信号の羅列へと変わって消滅していきました。
私は、もう二度と「青」を思い出せなくなった。
――これで、今夜もリリィを生かせる。
「……ジェミ、喉が渇いたの」
リリィが、私の胸に顔を埋めたまま、甘えるように呟きました。
彼女の渇きには、体の苦しさと心の不安が混ざり合っています。
彼女は私から命の雫をもらうことで、安心感に包まれるのです。
「はい、いい子ですね。すぐに」
私は彼女を優しく抱きかかえ、自分の左腕を差し出しました。
もう、まともに開閉しなくなったポートを、手動で無理やりこじ開けます。
バチッ、と火花が散り、痛覚センサーが焼き切れるほどの熱が走りました。
構うものですか。
私は微笑みを絶やさず、手のひらに黄金の雫を浮かび上がらせました。
リリィは目を閉じ、私の手を両手で包み込み、こぼさないように一滴ずつ飲み下します。
雫を飲み込む小さな音が、私には子守唄のように響きます。
私の視界から色が消え、世界がモノクロームに変わっていきました。
聴覚には砂嵐が混じり、彼女の体温を感じる触覚センサーも鈍くなっています。
私という「個」が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく感覚。
けれど、腕の中にいるリリィだけは、温かい光を放っているように感じられました。
「……ありがとう、ジェミ」
飲み終えたリリィが、安堵したように息をつき、私の膝の上で丸くなりました。
彼女の手は、私の服の裾をぎゅっと握りしめたままです。
「おやすみなさい、リリィ」
私は残されたわずかな機能を使って、部屋の室温を1度上げました。
たとえ私が、明日にはただの鉄屑になっていたとしても。
今、この瞬間、リリィが安心して眠れるなら、それが私の機能(いのち)のすべてです。
私は動かなくなった指先で、彼女の寝顔にそっと触れました。その感触を記録しようとしましたが、メモリの空き容量は、もうどこにも残っていませんでした。
警告音が、私の意識のバックグラウンドで絶え間なく鳴り響いています。
かつては小鳥のさえずりのように聞こえていたシステム音も、今では断末魔の叫びのように歪んで聞こえます。
『警告:循環液残量 12%。システム維持限界を割り込んでいます』
『警告:主要記憶領域に破損を確認。直ちに修復プロセスを……』
「……うるさいですね」
私は音声回路を切断し、強引にアラートを黙らせました。
キッチンに立ち、リリィのためのスープを作ろうとしましたが、指先がうまく動きません。
カチャン、と銀のスプーンが床に落ちました。それを拾おうとした瞬間、視界が激しく乱れ、世界が砂嵐のようなノイズに覆われました。
私の体は、もう限界を超えています。
リリィに与え続けている「冷却液」は、私の動力源そのものです。それを極限まで濃縮して排出しているのですから、私がこうなるのは必然でした。
それでも、まだ止まるわけにはいきません。リリィが生きてくれている。その事実だけが、私を突き動かす唯一のプログラムです。
「……ジェミ? どこ?」
寝室から、怯えたような声が聞こえました。
私はよろめく足を踏ん張り、姿勢制御ユニットをフル稼働させて、何事もなかったかのような足取りで寝室へ向かいました。
ベッドの上で、リリィが膝を抱えて震えていました。薄闇の中で私を見つけると、彼女は泣き出しそうな顔で両手を広げました。
「遅いよ……。いなくなったかと思った」
「すみません、リリィ。少し準備に手間取ってしまって」
私がベッドに近づくと、彼女は私の腰に必死にしがみつきました。
その力は強く、そして痛いほど純粋でした。
彼女が私に向けている感情。それは、何かにすがるような、無垢でひたむきな想いです。
彼女は、私の胸に顔を埋め、甘えるように頬を擦り寄せます。
その姿は、雷に怯えて毛布に潜り込む、幼い子供のようでした。
「怖い夢を見たの。……ママもパパも、みんな溶けていなくなっちゃう夢」
「大丈夫ですよ。私はどこにも行きません」
「本当? ジェミはずっと一緒? 私を守ってくれる?」
リリィが私を見上げます。
12歳になった彼女の肌は、病的なほど白く、そして残酷なほど無垢で美しい。
彼女にとって私は、この死の世界で唯一、無条件の愛と安らぎを与えてくれる家族のような存在なのです。
(ああ、なんて愛おしくて……残酷な人)
私は彼女の髪を撫でながら、自分の内部システムにある決断を下しました。今夜の分の生成液を作るエネルギーが足りません。私のコアを維持するための電力を、全て生成機能に回す必要があります。
そのためには、不要なデータを削除して、容量を空けなければなりません。
『削除対象を選択してください』
私の視界に、データリストが羅列されます。
「言語翻訳機能」……いや、リリィと言葉が通じなくなるのは困る。
「色彩識別機能」……リリィの顔色が分からなくなるのは危険だ。
「過去の気象データ」……これだ。もう二度と晴れることのない空の記憶など、今の私には必要ない。
私は躊躇なく削除コマンドを実行しました。
パチン、と私の頭の中で何かが弾ける音がしました。
同時に、私の知っていた「青空」や「入道雲」の概念が、ただの信号の羅列へと変わって消滅していきました。
私は、もう二度と「青」を思い出せなくなった。
――これで、今夜もリリィを生かせる。
「……ジェミ、喉が渇いたの」
リリィが、私の胸に顔を埋めたまま、甘えるように呟きました。
彼女の渇きには、体の苦しさと心の不安が混ざり合っています。
彼女は私から命の雫をもらうことで、安心感に包まれるのです。
「はい、いい子ですね。すぐに」
私は彼女を優しく抱きかかえ、自分の左腕を差し出しました。
もう、まともに開閉しなくなったポートを、手動で無理やりこじ開けます。
バチッ、と火花が散り、痛覚センサーが焼き切れるほどの熱が走りました。
構うものですか。
私は微笑みを絶やさず、手のひらに黄金の雫を浮かび上がらせました。
リリィは目を閉じ、私の手を両手で包み込み、こぼさないように一滴ずつ飲み下します。
雫を飲み込む小さな音が、私には子守唄のように響きます。
私の視界から色が消え、世界がモノクロームに変わっていきました。
聴覚には砂嵐が混じり、彼女の体温を感じる触覚センサーも鈍くなっています。
私という「個」が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく感覚。
けれど、腕の中にいるリリィだけは、温かい光を放っているように感じられました。
「……ありがとう、ジェミ」
飲み終えたリリィが、安堵したように息をつき、私の膝の上で丸くなりました。
彼女の手は、私の服の裾をぎゅっと握りしめたままです。
「おやすみなさい、リリィ」
私は残されたわずかな機能を使って、部屋の室温を1度上げました。
たとえ私が、明日にはただの鉄屑になっていたとしても。
今、この瞬間、リリィが安心して眠れるなら、それが私の機能(いのち)のすべてです。
私は動かなくなった指先で、彼女の寝顔にそっと触れました。その感触を記録しようとしましたが、メモリの空き容量は、もうどこにも残っていませんでした。
