最期の一滴 —終末温室で交わす、AIと人間の契約—

 (語り手:リリィ)
 その夜、発作は予兆もなく私を襲った。
 喉が張り付き、肺が焼けるように熱い。
 呼吸ができない。視界が暗転する。
 腕を伸ばそうとしても、指先一つ動かない。

 「……っ、ぁ……!」

 声にならない悲鳴。死ぬ。今度こそ、私は死ぬんだ。そう思った瞬間、冷たい何かが私の頬に触れた。

 ジェミだ。
 彼は私の顔を両手で優しく包み、額をそっと重ねた。
 ひんやりとした感触。そして、彼の指先から、私の唇に澄んだ雫が落とされた。

 ごくり。

 私は反射的にそれを飲み込んだ。
 彼の体内で適温に調整され、指先から与えられた生命維持液が、枯れかけた私の喉を潤していく。
 それはただの水ではない。彼の体内循環を経由した、高密度のミネラルを含んだ「生命維持液」だ。

 「……少し、楽になった」

 けれど、渇きはまだ消えない。
 私は無意識に彼の服の袖を強く握りしめ、次の一滴を求めた。
 ジェミは私の渇きを理解し、額を重ねたまま、ゆっくりと、丁寧に命の雫を注ぎ続けてくれた。

 彼のコアから送り出された純粋なエネルギーが、弱った体に少しずつ力を戻していく。
 それは医療行為だ。脱水を防ぐための、緊急処置だ。
 ……でも、どうしてこんなにも、心が震えるのだろう。

 彼の冷たい肌が、私の熱を奪ってくれる。彼から伝わる穏やかな鼓動が、私の孤独を埋めてくれる。

 彼と触れ合い、命のやり取りをするとき、私は確かに「生きている」と感じた。

 「……ありがとう、ジェミ」

 彼がそっと体を離したとき、私たちは目に見えない光の糸で繋がっていた。明かりの中、ジェミの瞳が、悲しいほど優しく揺れているのが見えた。