ユキイロノセカイ

「長い間、大変お世話になりました」
「こちらこそ、お役に立ててうれしいです。どうぞおからだに気をつけて」

 病院のロビーにて。
 淡いスカイブルーのセーター、バニラホワイトのスリムジーンズ、ココアカラーのシューズ。
 右手にミルクティー色のダッフルコートとオレンジのマフラーを抱え、最後に笹原(ささはら)さんへ深々とお辞儀をする。
 そうしてふり返った(せつ)へ、手を挙げる。

「よ。全快おめでと」
「来てくれたんだ、(ゆき)ちゃんっ!」

 すりすり甘えられた首もとを、ふわりと黒髪がくすぐる。
 呆れ半分、雪のにおいに安心半分。
 背中をなでるあたしもとしても、感慨深いったら。

 今日は、待ちに待った退院の日だ。

「ひとりで平気なの?」
「うん。急に走ったり、重労働はまだ怪しいけど、日常生活なら問題なくこなせるよ」

 松葉杖ともバイバイして、自分の足で歩く雪は誇らしげ。
 目標通り退院できたことも、ふにゃあっと頬をゆるませる理由のひとつだ。

 まだまだ寒い1月の昼下がり。
 クリスマスカラーの傘の下、肩を寄せ合うように白銀の街をならび歩く。
 噴水広場でおしゃべりするだけだったあたしたちだから、ひとつひとつのことが新鮮。

「そっちのほうは、最近どうですかー?」
(かえで)、焦ってたよ。〝兄さん退院するから、今のうちにスーツ仕立てなきゃ!〟って」
「ふふ、知ってるよぉ。幸ちゃんのほうは、どうなのかなぁって」

 にっこりと頬をゆるませる雪は、知ったような口振りだ。
 どうと言われましても……ねぇ。

「……ぼちぼち、かな」
「ほんとに?」
「ウソだったりします……」

 なんで今、こんな話を振るのか。
 嫌でもわかってしまう。耳にタコできてるしね。

「ねぇ幸ちゃん、うちにおいでよ」

 案の定、次の言葉は楓にも再三言われていたこと。
 遊びにおいでとは、もちろん意味が違う。
 バイト先を追い出されたあたしにとって、まさに天から降ってきた幸運。
 だけどこんな小娘にもね、一応プライドってもんがありましてね。

「あたしが就職すればいい話でしょ? 蓄えがないわけじゃないし、あと1、2ヶ月凌げば、なんとかなるって」

 もう、あたしに時間を割かなくていい。
 雪は、雪のやりたいことをやってほしい。
 だからおねがい、心配しないでと、予防線を張るつもりだった。

「……そっか」

 寂しげな影を帯びた横顔。
 納得してくれたのに、雪の前だとにもかもを見透かされているようで落ち着かない。
 念押しのように、雪はあたしの手を握る。

「今日は、絶対に来てね?」
「そこは大丈夫だって」

 あたしと雪の退院祝い。前倒しで楓の成人祝い。
 3人でパーッと美味しいもの食べようねって、前々からの約束だ。
 あたしの返事を受けて、雪は満足げに傘をくるりと回した。

「じゃあ買い出ししなきゃだね。ぼく、荷物持ちする!」
「重労働はダメじゃなかったの?」
「買い物袋のひとつやふたつ、持てるよぉ」
「やる気満々だな」
「だってふたりで晩ご飯のお買いものとか、新婚さんみたいでいいなぁって憧れるんだ」
「しっ……!」

 サラッと爆弾落とすなよ。
 雪は素直だから下心とかないんだろうし、動揺してるあたしがバカみたい……

「……あ。でも、その前に行きたいところがあったんだ」
「どこ」
「んー……ちょっと寄りたいだけだし、幸ちゃんは先に買いものしてていいよ?」
「すぐ終わる用事だったら、あたしが行っても同じでしょ」
「幸ちゃん……」

 妙に雪が同行を渋る理由。
 行き先を聞いて、ため息がおさえられない。

「あたしだからよかったものの……楓だったら〝勘弁してくれ!〟って、おかんむりだよ」
「いっしょに来ても、平気?」
「全然大丈夫、ってわけじゃないでしょ? あんたも」

 いろいろ言われる前に、雪の手を引く。

「雪が転んでケガしないとも限らないしね。お目付け役ってことにしといて」

 素直になりゃいいのにって、我ながら苦笑もんだったけど。
 ありがとうって吐息にとけた粉雪が、じんわり胸にしみ入った。