ユキイロノセカイ

「いやぁ、ビックリたまげましたー……」

 ちょっとやそっとのことじゃ動じませんと、ドヤ顔をしていた笹原(ささはら)さん。
 あたしと入れ替わりに一般病棟へ移った(せつ)の担当となり、しばらくたった今もそう話す。
 巻かれた舌がもどることは、この先ないのかもしれない。

「兄さん保護してきました……!」
(ゆき)ちゃんだ! いらっしゃ~い」

 病室のドアがスライドし、部屋の主がもどってきた。
 ふにゃふにゃスマイルにペースを持って行かれそうになる。
 が、事が事なので椅子に陣取り、腕組み、脚組みでむかえてやる。

「こーら雪、どこほっつき歩いてたの」
「仲良しのおじいちゃんに誘われて、お孫さんと3人で日向ぼっこをですねぇ」
「というわけで、日当たりのいい食堂まで」
「ご苦労だったね、(かえで)
「あざす。なでてください。あとユキさん、そのポーズ、色っぽくてイイと思います」

 たわ言をほざいてるバカはサクッとスルーして、雪を呼ぼうとするが。

「うんうんっ、幸ちゃんかわいいよねぇ!」

 当の本人がコレなため、脱力感半端ない。

「おやおや佐藤(さとう)さん、モテ期ですか? 両手に花ですか?」
「笹原さんまでやめてくださいって……あーもう雪、ハウス!」
「ぼく、ワンちゃんじゃないよー」

 とか言いながら、ベッドに戻ってくる雪。素直か。

「よいしょっと……」

 無事腰かけることができ、一件落着。
 一度預かった松葉杖をベッドに立てかけた流れで、ふわふわな黒髪をなでた。
 えへへとうれしがる雪は、うん、間違いなく小動物だ。

「手足の感覚はいかがですか?」
「だいぶよくなりました。すぐ疲れなくなりましたし」
「リハビリの経過も良好ですね。この様子であればじきに退院できると、先生が仰っていましたよ、雪さん」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「では、僕はナースセンターにもどりますね。ごゆっくり」

 はじめ、雪の手足は充分に機能しなかった。
 5年も眠り続けていたことで、筋力が著しく低下していたためだ。
 それがほんの数週間で驚異的な回復力を見せたのは、偶然じゃない。
 言うなれば、楓のおかげ。
 中高と運動部で活躍していたらしい楓は、故障に敏感だった。

〝この5年間、毎日毎日お見舞いに来て、言葉をかけながらマッサージをしてあげていたんですよ〟

 楓とやたら出くわしていたことの真相だ。
 この病院は噴水広場にもほど近い。
 笹原さんに話を聞いて、納得。

「楓」
「うん? ユキさんどうかした?」

 兄さんは、きっと目を覚ましてくれる――強く信じていた楓のお手柄。
 だから手招きをして、屈んできた焦げ茶色の頭をガシガシ掻き回す。
 うわっ! と声を上げる楓に、雪も上機嫌だ。

「ふふっ、少し見ない間にかえくんがおっきくなってるから、お兄ちゃんはうれしいです」
「こども扱いするなって……俺もう20歳なんだしさ……」
「だねぇ。成人式までには退院したいな」
「まさか来るつもり!?」
「自慢の弟くんの晴れすがた、見逃せないしね!」
「いいって、そういうの!」
「せっかくだから、袴にしようよ~」
「やだよ目立つし! そういう雪兄さんだってスーツだったじゃん!」
「ぼくはよかったの。袴だと、なんでか七五三と間違われちゃったから!」

 間違われたのか……
 うっかり口をすべりそうになったが、雪の名誉のため、のどの奥で留めておく。というか。

「そういや結局、雪って何歳だっけ?」

 次の瞬間、雪が笑顔のまま固まった。

「い、いくつだったかな? ちょっと覚えてないなぁ~」
「物忘れが始まるほど歳か……」
「ひどい! ぼくまだギリギリ20代だよっ!」
「え、ギリギリなの? マジ?」
「はっ!」
「雪兄さん、チョロすぎだろ……」
「もーっ、他人事みたいに!」

 小柄な体格、ベビーフェイス。
 あどけない言動も相まって、ポカポカ楓にアタックするすがたは、どう見ても20代後半のそれじゃない。

 ギリギリ20代?
 それって俗に言う、アラ――

「俺と6つ違いだよ。ユキさんの8つ上になるかな」
「ってことは……26?」
「わーっ、なんでバラしちゃうのー!」
「別に隠すことはないだろ?」
「ぼくが恥ずかしいんですっ!」

 ……乙女か。

「だって四捨五入したら三十路だよ? もうおじさんじゃないですか~!」
「雪、無理に四捨五入しなくてもいいんだよ?」
「幸ちゃんは、8つも歳上のおじさんでも、いいの……?」

 雪にとって、年齢の話題はタブーなのか。
 気にすることないのに。

「もし幸ちゃんとふたりで歩いてたとして、26歳男性と女子高生だよね? これって犯罪にならないかな……」

 あ――……そういうことか。
 同じく悟ったらしい楓と顔を見合わせ、苦笑。

「大丈夫。雪は例外だから」

 切迫した様子で頭を抱えていた雪は小首をかしげ、キョトン。

「そうなの?」
「そうなの」
「そうなんだよ」

 あたしと楓のうなずきに、チョコレート色の瞳をくりくりっと丸くさせたのだった。