ユキイロノセカイ

 冷たい雪が、顔に吹きつける。

(かえで)くんっ!」

 やっとの思いで見つけたその子は、通学路でもある道路沿いの河川敷にいた。
 白い芝生で膝を抱え、雪だるまみたいに微動だにしなくて。

「よかったぁ、心配したよ~!」

 そばにしゃがみ込んだぼくから、ふい、と顔を背ける楓くん。

「帰れよ」
「そだね、お家帰ろっか!」
「……なにがおかしいの」
「えー? いつも通りでしょ~?」
「っざけんな!」

 かん高い叫びを、木枯らしが舞い上げる。
 静まり返った夜の闇。
 弧を描いて、白雪とともに落ちてきたのは、ぼくの傘だ。
 さし出したままの右の手の甲が、じわりとむなしい熱を持つ。

「なんで怒んないの? なんで全部許すの?」
「やだなぁ! だってきみは、ぼくの……」
「かわいい弟? 家族って、好き勝手しても、なんでも許してくれるもんなの?」

 それは違うよ、とは言えない。
 言えるはずがないんだ……
〝怒り方〟を、とうの昔に忘れてしまいました……なんて。

「あんたのそういうとこ、大ッキライ」

 氷点下の夜風に吐き捨てられた言葉は、暗に「叱ってほしかった」と言っているようで……

「か……えでくん、は、なにを……してたの?」

 すると一瞬、ほんの一瞬だけ、
 焦げ茶色の大きな瞳が見開かれた。
 すぐにフンと鼻を鳴らして、そっぽを向くけれど。

「……別に。いつものヤツらと、遊んでやっただけ」

 ぼくは、なんてバカなんだろう。
 遊んでやっただけ。
 この子がやけに顔を背ける日は、決まって起こることが、あるじゃないか。
 思い出したとたん、驚くほど頭の熱がスーッと引いていった。

「……楓くん、ちょっとこっちにおいで」
「はぁ? イヤだし」
「来なさい!」

 いまにも離れていきそうな肩を引き戻す。
 案の定、グッとのぞき込んだ顔には、すり傷、切り傷、青ジミが、そこかしこにあって。
 寄せては返す波のように、引いた熱が芯からこみ上げる。

「どうして言わなかったの!」
「……なこと、言っても……おれに、逃げ出せって言うのかよ……」
「そう! だってきみは、なにも悪いことしてないんでしょ!?」

 生まれつき、ふつうの人より髪と瞳の色が明るい。
 ほかとは違うことが、集団にとって格好の餌食になる。
 それを、ぼくは知ってるはずなのに……

「あんたには……カンケーない」
「あるよ!」

 もどかしくなり、両手を使って楓くんに正面を向かせる。

「喧嘩はダメです! 死んじゃったりしたらどうするの! こんなに傷だらけで……!」

 ぼくの鈍さが、この子に意地を張らせてしまった。
 悲しい言葉を言わせてしまった。
 謝るのはぼくのはずなのに、楓くんを咎める言葉が、あふれて止まらなくて。

「…………ウソ」
「え……?」
「やり返すとか………ガキのすることじゃん」

 ストン。

 ぼくの腕からすり抜けた楓くんは、力なく芝生へ座り込む。

「……さっき、やっと…………終わったんだ」

 両膝を抱えた手は、きれいだった。
 喧嘩を買ったにしては、あまりにも。
 あぁ……そっか。
 この子は……ほんとは、やさしいんだ。

「……いきなりごめんね。よくがまんしたね、えらいね」

 頭をなでると、ハッとしたように楓くんがぼくを見上げた。
 ほんとにごめんね……
 向き合えてなかったのは、ぼくのほうだったね。

「手当てしなきゃ。さぁ、お家に帰ろう?」

 自分のマフラーをほどいて、楓くんに巻いてあげる。

 イヤだって言うかな?
 いらないって言うかな?

 楓くんは口をひん曲げたまま、無言で立ち尽くすだけ。
 沈黙が、つらかった。

「えっと……あっ、そうだ! お腹空いてない? ぼくお菓子持ってるよ、はい!」

 コートのポケットをさぐって、キャンディ型のそれをさし出すと、焦げ茶色の瞳をぱちくりする楓くん。
 それから、ぼくの目をじぃっと見つめるものだから、なんだか焦ってきちゃった。

「えと、キライ、だった?」
「……いや。チョコは、すき」

 このときはじめて、楓くんがぼくの手からお菓子を受け取ってくれた。
 驚き半分、くすぐったさ半分。

 ……チョコが、すきなんだ。

 なんでもない会話が、こんなにほっこりするものだなんて。

「……ふふ」
「また、笑ってる」
「あ、ごめんっ……」
「別に、悪くないけど。……さっきと、別人みたいだ」

 さっきのことなんて、すっかり忘れてた。
 心の奥底に押し込めた怒りや悲しみが、いつの間にか顔を出していた。
 なのに、昔感じたような不快感は、まったくなかった。

「……ありがと……(せつ)、兄さん」

 くしゃっとなった笑顔。それを目にしたとたん、どうしようもない熱が込み上げる。
 かける言葉が見つからないから、ぎゅって抱きしめた。
 そしたら、ね。
 ぎゅって、抱きしめ返してくれたんだよ。

 楓くんが、兄さんって呼んでくれるようになった。
 ぼくも、かえくんって呼ばせてもらえるようになった。
 頭で考えるより先に、笑顔がこぼれて止まらなかった。

 凍える雪の夜。
 ぼくはきみが教えてくれたぬくもりを、絶対に忘れない。