ユキイロノセカイ

「あの……お名前を、訊いてもいいですか?」
「赤の他人にホイホイ名乗る名前なんぞ、持ち合わせとらん」
「わぁあっ、待って! わかりました、わかりましたからおねがいです、待ってください!」

 なにがわかったんだよ。
 問うより先に、腕にしがみついてきたそいつが声を上げる。

「セツです!」
「……なにがです?」
「ぼくの名前です、セツっていいます!」

 だからあたしの名前も教えろと、言外の要求か。
 そりゃあ人に名前を訊ねるときは、まず自分からってよく聞くけどさ。
 そうだけど、そうじゃない。

 ツッコもうとした言葉は、うるうると揺れるチョコレート色の瞳を前にして、ぐっと飲み込む。
 なんだこいつ、あたしごときに必死になりおって。
 結局、根負けしてしまった。

「はぁ……ユキ」
「ハーユキ、さん?」
「ため息までカウントすんな! あたしは、ユキ! 1回しか名乗らんから、忘れっぽいっちゅうその頭に叩き込んどけ!」
「ユキさん、ユキさん……うん、覚えました。もう忘れません」

 あたしの名前を連呼して、なにがうれしいのやら。
 やけにニコニコなそいつ、セツに、見事肩すかしを食らった。

「一応訊くけど、あたしの名前控えてどうするつもり?」
「あ、わざわざ傘を届けていただいたので、お礼がしたくて」
「TPO考えて」
「そうですねぇ、今日は一段と寒いですもんねぇ。じゃあ、こうしましょう!」

 ポンッとイイ笑顔で手を叩くセツ。
 嫌な予感しかしない。

「明日以降、ユキさんの都合がいいときでかまわないです。またこの広場で会いませんか」
「アバウト……」
「大丈夫です。ぼく、ひとを待つのが好きなので!」
「あたし寒いのやだし、来ないかもしれないよ」

 待ちぼうけを食らう割合のほうが明らかに大きい。
 なのに、セツは言ってのけた。

「『かもしれない』んですよね?」――と。

 くっそう……揚げ足取りやがって。
 こうなったら、意地でも来てやるもんか。
 妙な張り合いを胸に、きびすを返す。

 2度目の12月1日――
 こうしてあたしの運命は、新たに音を立ててまわり始めたのだ。