ユキイロノセカイ



  *  *  *


 気づけば、病院のベッドの上だった。
 今日は12月28日。あの夜から3日間も眠り続けていたらしい。
 たいした外傷もないのに……って。

「……あたし、屋上から落ちたんだけど」
「ユキさんが落ちた下にさ、ネットとかシートが積み上げられてたんだよ。解体工事用に準備されてたやつ。それが、クッションになったんだ」

 たまたま?
 偶然が積み重なって、打ち身とすり傷程度で済んだって……?

「さらに言うとね、クッションをやわらかい新雪が覆ってた。きっと、兄さんが守ってくれたんだね」

 あたしが欲しがった言葉をサラリと口にし、ベッド横の椅子に座る楓。
 そうして目線を近づけて、ポンポンって頭をなでるんだ。

「嬉しいって言ったら……未練がましいって、笑っちゃう……?」
「笑うもんか。(せつ)兄さんがユキさんを守った。俺はそう信じてるよ」

 ほかの誰が疑っても、俺は味方だよって。
 うつむくあたしを見越し、楓はひときわ明るい声音で口をひらく。

「俺が雪兄さんとはじめて会ったのは、10歳のときなんだ。血はつながってないんだよ、俺たち」
「……うん。なんとなく、そんな気してた」
「似てないもんなぁ。まぁいわゆる親同士の再婚、おたがい連れ子ってことで」

 知ってる。
 うっすらとだけど、雪の記憶があたしにも流れ込んできたから。

「俺さ、正直母親が好きじゃなくて。男にだらしなくて、そういう仕事してるから、いつも放ったらかし」
「……実のお父さんは?」
「さぁ? おふくろ自身もよくわかってなかったんじゃねーかな。……ってごめん、変な話して」

 静かに首をふる。
 それが、楓が女性を毛嫌いするようになった原因だから。
 ホッと胸をなで下ろした楓は、ポツリポツリと昔話を漏らしはじめる。

 雪のお父さんと楓のお母さんが結婚し、雪たちは兄弟になった。
 それまで愛情を充分に注いでもらえなかった幼い楓は、赤の他人も同然の雪に反発をする。
 雪は戸惑いながらも、一生懸命歩み寄り、時にぶつかりながら楓と打ち解けた。

 やっと軌道に乗りかけた家族の幸せは、楓の母親の事故死によって打ち砕かれる。
 後を追うように雪の父親も病死し、年若い兄弟のみが取り残された。

 不安でたまらなかっただろうに……それからずっと、大切な弟を、雪は守り育ててきたんだ。
 血のつながりがなくたって、愛する家族であることに変わりはないんだよって。

「楓は、雪に会えた?」
「……うん。紗倉(さくら)にユキさん連れてかれて、パニクってるときに。うれしいわ衝撃だわ、からだ貸してくれとか頼まれてビビるわで、もう頭ん中ゴッチャゴチャ」
「まぁ、そうだよね……」
「けど……ユキさんを助けるために、雪兄さんも必死だった。断る理由なんてなかったよ」
「ほんっと……お人好しだよねぇ。雪は」

 運良く神様が目にとめてくれたんだ。
 最初から最後まで楓のことだけ考えて、あたしと〝交換〟されるのを待ってればよかったものを。
 なに……あたしの守護霊みたいな真似、やってんだか。

「ねぇ楓、あたしとあんたを引き会わせてくれたの、雪なんだよ」
「雪兄さんが、俺たちを……?」
「ホントはあたしね、あのギャルからあんたを助けて、死ぬ運命だった。けど雪に会ったから。あいつが言うように素直になってみたから、こうして楓と話せてるの」

〝再会〟した日、雪が妙にあたしを引きとめた理由が、いまならわかる気がする。
 運命を折り曲げたのは雪本人。
 この先いつあたしが死ぬかはわからない。
 ならそのときが来るまで、そばにいようって。

「雪は、最初から身を引くつもりだった……あんなに甘やかして、あたしの心盗ってったクセに、そばにいてくれないの。ぜんぶ雪の思惑通り……サイテー……くやしい……」

 最期にぶつけられなかった文句があふれて、あたしをいっそう惨めにした。
 ただシーツを握り締めるふるえを、つつみ込む手のひらがある。

「泣いたら悪い虫にたぶらかされるぞって、言った気がするんだけどなぁ……」
「……かえで?」
「そんくらい可愛いの。いいとこも悪いとこも、全部引っくるめてユキさんにゾッコンなわけ、俺たち兄弟は」

 はらはら流れる雫を拭い、頬に添えられた手が、少しだけ上を向かせる。

「泣かないで」

 低くささやいて、楓はあたしに、唇を寄せた。