ユキイロノセカイ

 12月23日、あたしは死ぬはずだった。
トラックに跳ねられる運命を、(せつ)が変えたんだ。
 運命はあくまで折り曲げられただけ。
 気休めにすぎない。

 どうせ死ぬんでしょ?
 だったら雪、なんであたしなんかに構うのよ。
 未来をあげるとかバカ言ってないで、(かえで)のそばにいてあげてよ。
 家族なんていないあたしより、雪が生きるほうがずっとずっと……!

「人間らしく泣いたり怒ったりするきみに、ぼくは恋をした」

 ……ウソ。
 ホントは知ってた。
 記憶と一緒につたわってきたんだもん。

「不条理な世界で、がむしゃらでも生きようと足掻くきみが、とても愛おしくなった」

 あたしの生き様にふれた雪が、色んな感情と向き合うことを知ったって。

「大好きな(ゆき)ちゃんのために命を賭けられる自分が、今すごく誇らしいんだ」

 嫌だ、そんな誇りは要らないと訴える時間さえ、残されてはいない。

 ヒュオオオ――……

 落ちながら、それでも雪は告げる。

「最後にきみと出会えて、ようやくぼくは、人間になれたんだよ」

 ふいに落とされた口づけ。
 ふれた先から、温もりが流れ込む。
 涙があふれた。
 それが雪の〝未来〟だと、直感したから。

「怖がらないで。大丈夫」

 いや……受け取れない。
 覆い隠そうとした手を優しく取り払われ、いっそう唇が近づく。
 チョコレート色の澄んだ瞳が、あたしを愛おしげに映した。

「ふふっ……あと5年早く会ってたら、将来お嫁さんにもらってた自信あるなぁ」

 ふにゃっとゆるんだ笑みが、次第に薄れてゆく。
 近づくイルミネーションが、世界を鮮やかに塗り潰そうとしている。

「愛してる。たとえ離れていても、ふれられなくても、月森雪(つきもりせつ)という人間がきみを愛していることを、忘れないでほしい」
「……やだ。どこにも、行かないで……雪がいなきゃ、あたし……っ」
「ぼくの出番は、もう終わり。……かえくんをよろしくね。大丈夫、きみは幸せになる」

 今度受け止めたら、本当に最後だ……
 激しい風に抗い、背けた頬を、そっとつつみ込まれる。

「きみらしく、この世界を生きるんだ」

 わずかに強まった語尾。
 グイッと引き寄せられる肩。
 あたしたちの距離は――ゼロ。

 温かい……
 離さないでよ……
 ずっとずっと、抱きしめていてよ……
 そんな文句も、名前すら、きみは言わせてくれない。

「……っふ……ぅうっ……!」

 ミルクティー色のダッフルコートにしがみつき、ボロボロと大粒の涙を流す。
 頬に添えた手が濡れることも(いと)わず、ふわりと細まるチョコレート色。
 ふれるだけだった唇が、あたしのすべてを覆う。
 それこそ、息もできないくらい。
 最後の時まで、ひとときも離さぬように。

 サァッ――……

 砂時計が落ちるように、足先から消えゆく雪。
 こぼれた砂は風にさらわれ、白銀の結晶と宙を舞う。
 彩り豊かなイルミネーションにライトアップされ、キラキラと、漆黒の夜空に吸い上げられていく。

 待って……散らばらないで……

 手をのばそうとも、彼に与えられた体温が甘く思考を奪い、全身を麻痺させる。
 目がくらむほどまばゆい光につつまれ、白んだ視界。

〝ア イ シ テ ル〟

 愛しい彼の、やわらかい囁き。
 ひどく安心し、脱力する。
 やっとの思いでほほ笑み返す。
 彼はまた笑って、満足げに閉じたまつげから、ひとしずくの宝石が零れ落ちた。

 最愛の彼は、呼吸を忘れるほどきれいな笑みを遺し、白雪とともに聖夜の空へとけていった。