ユキイロノセカイ

 春、夏、秋、冬。
 季節をへて、やはりぼくは人と関わることのできない幽霊だと実感する。

 ただ、なぜか(ゆき)ちゃんとだけは目も合うし、話もできた。
 幸ちゃん本人は他人に興味がないので、会うたびに初対面のフリをしたけどね。

 彼女を見守ることがいつしかぼくの癒やしとなり、あまりの心地よさに、溺れすぎてしまったのかもしれない。


 時がたつのは早いもの。
 気づけば幸ちゃんは、高校生活を終えようとしていた。

 髪を染める少し前からだろうか。
 バイトを終えて学校に向かう幸ちゃんを噴水広場で見かけたとき、愕然とした。
 彼女のからだに、淀んだドス黒いモヤがまとわりついていたんだ。
 周囲の人、彼女自身すら気づいていなかった。

 日に日に幸ちゃんを呑み込んでいくそれの正体を、ぼくは悟ってしまう。
 同時に思い知る。
 あの日、生きる覚悟はあるかと問われた意味を。

〝意味もなくのうのうと息をするくらいなら、誰かさんと取り替えてほしい〟
〝能力のある人間が、この世界を構成していく。そしたら丸くおさまるじゃん〟

 涙を流さなくなったきみが、口グセのようにつぶやいていた言葉。



  生   死
   き に
    た
   い い



 ぼくときみの願いが交差した。
 だから神様は、ぼくらの願いを叶えようとしていた。
 ぼくが幸ちゃんの代わりに生きること……幸ちゃんを犠牲に、ぼくが生き返ること。
 ぼくらはいつか〝交換〟される。
 最後の決断を下すのは、ぼく。
そのために、ぼくらは特別な干渉を許されたんだ。

〝生きる〟って、どういうこと?
 ぼくは、本当に生き返ってもいいの?
 彼女の命を背負う覚悟はあるの?
 もう、わからなくなっちゃったよ……
 答えは見つからないまま、夕陽が落ちるばかり。

 そして、運命の夜がおとずれる。
 思いがけず遭遇したかえくんに歓喜したのもつかの間、彼を助けようとして、幸ちゃんが車道に突き飛ばされる。
 せまり来るトラック。
 ぼくの脳内はまっさら、からだは石みたいに動かない。
 そんなとき、止まった景色を横切るものがあって。

「……ゆ、き……?」

 ちらちら――……

 漆黒の寒空に、純白の花が舞う。

「きれい、だな……」

 その瞬間、全身を電流が駆け抜けた。

 ……でき、ない。
 無理だ、できない……
 きみの命を奪うなんて、ぼくには絶対できないっ……!

 だってきみは、泣いてるじゃない。
 雪がきれいだって、名残惜しそうに世界を見上げて、生きたがってるじゃない……!

 ――ごめんね、かえくん。

 燃え盛る情動が、ぼくを突き動かす。

『すべては、おまえにゆだねる』

 神様はそう言った。きっと間に合うはず。

 降りしきる白銀の六花。
 氷の花吹雪。
 掻き分けるように、夢中で駆けた。
 両腕を広げ、彼女のもとへ飛び込む。
 ドス黒いモヤが、ぼくから逃げるように闇へとけ込む。
 腕の中の頼りない両肩を、ぼくはただ、きつく抱きしめた。

 正直、ヘンテコだなって自分でも感じたよ。
 かえくんのためだけを想っていたはずなのに、こうして寄り道しちゃって。
 だけど、でもね、ぼくの心の奥底にあった理由なんて、1+1をするよりも簡単な答えだったんだ。

 ……好き。
 この女の子が、好き。
 ただ、それだけ。

 あぁ……もっと早くに気づけばよかった。
 きみを抱きしめるだけで、こんなにも心が満たされるんだって。

 この世に存在しないはずのぼくが、きみの運命を折り曲げた。
 そのせいで歪む時空。
 ほんとはもっと抱きしめていたかったけれど、ぼくときみはあくまで他人だからね。

 そっと横たわらせ、投げ出した傘を拾い上げる。
 粉雪が舞う中、やがて持ち上がるまぶた。
 大きな黒目がちの瞳が、ぼくを映し出した。

 やっと、向き合えた気がするね。

 笑みがこぼれ、右手の傘をさし出す。
 きみを前に、言葉が口を衝いた。

「お疲れさま」

 今まで辛かったね。
 がんばりすぎってくらい、ふん張ってきたよね。

「だけどね、まだダメ。もうちょっとの辛抱です」

 ちゃんと見てきたよ。
 きみが生きることを、諦めなかったこと。
 だから、もう少しだけがんばってみよっか?

「帰ろっか」

 今度は、ぼくもいるよ。
 もうさし出した傘を拒まないで。
 次に目が覚めたら、そこはきみの世界なんだから。

「さぁ、起きる時間だ――幸ちゃん」

 ぼくからの、一足早いクリスマスプレゼントだよ。
 幸ちゃん。
 愛しいきみに、ぼくの未来をあげる。