「ダメだ」
駆け出すより早く、腕をつかまれた。
行ってはいけないと、言外に雪は訴える。
「雪はこのままでもいいの!」
「ちがう。聞いて幸ちゃん、彼女はもう……」
「こんな終わり方、あたしやだからっ!」
「幸ちゃんっ!」
楓のからだで、本気の力で引き止められれば、抵抗するすべはない。だからその前に。
一瞬の隙をついて腕をふり払い、真冬の冷気を掻き分けながら疾走する。
「待って……待ちなさいってばッ!」
「どうして止めるの? 私がいなくなれば、万々歳なんでしょう」
「自分は必要とされてない? じゃあ死のう? ガキかっつの! あんたには、いなくなったら泣いてくれる家族とか友だちが、ホントにひとりもいないの!?」
柵の手前で立ち止まった紗倉は、ゆらりとふり返る。
「大体ねぇ、雪と楓にごめんなさいの一言もないってどういうわけ!? バカなことするヒマあったら、それこそ死ぬ気で償えっての! それがあんたの生きる意味でしょ!」
追い着いた――
だから、よく見えるよ。
ゆらゆら揺らめく瞳が。
「簡単に死のうとすんな。生きたかった雪に失礼って思うでしょふつう。思ってなかったら今思え!」
「……なんだか、憎たらしくなってきたわ。雪さんと楓が、どうしてあなたを大切に想うのか……今になって思い知るなんて」
「悪いと思ってるなら生きるんだよ、ほら」
微かな笑みへ手を伸ばした刹那、からだがフラつく。
「えっ……」
こんなところに土……?
違和感を覚えた足もとを見下ろせば、そこはふやけたコンクリート。
深く走った亀裂に、まわりの雪どけ水が吸い込まれていく。
〝天井から雪どけ水がしみ出してるみたいだ〟
〝ああいうところはもろくなってるから、別の方面で階段探そう〟
我に返ったところで、時すでに遅し。
「世界は不条理ね……お別れは言わないわ」
形のいい唇が、やけにゆっくり動く。
のばした手は、宙を泳ぐだけ。
美しい憂い顔は重力にさらわれ、後を追うように、グラリとかしぐからだ。
「幸ちゃんッ!」
叫びに応える間もなく、地球の中心に吸い込まれる。
砂埃を巻き上げ、ガラガラと崩れる足場。
いびつな灰色の塊たちが、一点に向かい加速する。
まるで想いも希望も無差別に呑み込んでゆく、ブラックホールのよう。
(……死にたくない……っ!)
――タンッ。
肌を切る風の中、吹きつける白雪の流れが変わった。
「死なせないよ」
白銀にかいま見えた墨色の髪。
窒息、するかと思った。
なすすべもなく宙に投げ出されたあたしを、温もりが引き寄せる。
「あはは、かえくんのまんま飛び出すところだった。危なかったなぁ」
どうして飛び降りたの。
どうしてためらわなかったの。
いくつもの〝どうして〟がのどにつっかえたあたしの至近距離で、チョコレート色の瞳はほころぶ。
「こんな形になっちゃったけど、見てくれる?」
強風に煽られる前髪を払われ、こつ、とくっつけられるひたい。
とたん、あたしの中に流れ込んでくるものがある。
それは雪の――ひとひらの記憶。
駆け出すより早く、腕をつかまれた。
行ってはいけないと、言外に雪は訴える。
「雪はこのままでもいいの!」
「ちがう。聞いて幸ちゃん、彼女はもう……」
「こんな終わり方、あたしやだからっ!」
「幸ちゃんっ!」
楓のからだで、本気の力で引き止められれば、抵抗するすべはない。だからその前に。
一瞬の隙をついて腕をふり払い、真冬の冷気を掻き分けながら疾走する。
「待って……待ちなさいってばッ!」
「どうして止めるの? 私がいなくなれば、万々歳なんでしょう」
「自分は必要とされてない? じゃあ死のう? ガキかっつの! あんたには、いなくなったら泣いてくれる家族とか友だちが、ホントにひとりもいないの!?」
柵の手前で立ち止まった紗倉は、ゆらりとふり返る。
「大体ねぇ、雪と楓にごめんなさいの一言もないってどういうわけ!? バカなことするヒマあったら、それこそ死ぬ気で償えっての! それがあんたの生きる意味でしょ!」
追い着いた――
だから、よく見えるよ。
ゆらゆら揺らめく瞳が。
「簡単に死のうとすんな。生きたかった雪に失礼って思うでしょふつう。思ってなかったら今思え!」
「……なんだか、憎たらしくなってきたわ。雪さんと楓が、どうしてあなたを大切に想うのか……今になって思い知るなんて」
「悪いと思ってるなら生きるんだよ、ほら」
微かな笑みへ手を伸ばした刹那、からだがフラつく。
「えっ……」
こんなところに土……?
違和感を覚えた足もとを見下ろせば、そこはふやけたコンクリート。
深く走った亀裂に、まわりの雪どけ水が吸い込まれていく。
〝天井から雪どけ水がしみ出してるみたいだ〟
〝ああいうところはもろくなってるから、別の方面で階段探そう〟
我に返ったところで、時すでに遅し。
「世界は不条理ね……お別れは言わないわ」
形のいい唇が、やけにゆっくり動く。
のばした手は、宙を泳ぐだけ。
美しい憂い顔は重力にさらわれ、後を追うように、グラリとかしぐからだ。
「幸ちゃんッ!」
叫びに応える間もなく、地球の中心に吸い込まれる。
砂埃を巻き上げ、ガラガラと崩れる足場。
いびつな灰色の塊たちが、一点に向かい加速する。
まるで想いも希望も無差別に呑み込んでゆく、ブラックホールのよう。
(……死にたくない……っ!)
――タンッ。
肌を切る風の中、吹きつける白雪の流れが変わった。
「死なせないよ」
白銀にかいま見えた墨色の髪。
窒息、するかと思った。
なすすべもなく宙に投げ出されたあたしを、温もりが引き寄せる。
「あはは、かえくんのまんま飛び出すところだった。危なかったなぁ」
どうして飛び降りたの。
どうしてためらわなかったの。
いくつもの〝どうして〟がのどにつっかえたあたしの至近距離で、チョコレート色の瞳はほころぶ。
「こんな形になっちゃったけど、見てくれる?」
強風に煽られる前髪を払われ、こつ、とくっつけられるひたい。
とたん、あたしの中に流れ込んでくるものがある。
それは雪の――ひとひらの記憶。



