ユキイロノセカイ

「ぼくは、月森雪(つきもりせつ)です」

 すがたかたちはもちろん、声だって(かえで)のもの。
 一方で口調や仕草は、記憶の中の雪を思い起こさせた。

(雪が楓に……憑依、した……?)

 その瞬間、ストンと腑に落ちた。
 すんなり受け入れる自分が怖い。
 こうも超常現象が立て続いては、不可抗力なんだろうけど。

「かえくんね、(ゆき)ちゃんのこと、必死になって探してたよ」
「……楓が?」
「うん。ここに来るのだって、怖かっただろうに……ほんとにきみが大好きなんだね。ぼくも負けられないなって思いました」

 ふにゃっとあたしをふり返ったはにかみは、たしかに。

「雪ッ!」
「おっと!?」

 不意討ちなのに抱きとめられた。
 反射神経がいいのは、楓の肉体だからなのか……ってか。

「ややこしいんだよ! 殴るに殴れないじゃん、顔見せろばかぁ!」
「うっ……それ言われるとつらい……」
「いっそ楓ごと殴ってやろうか!」
「わぁっ、やめてやめて! かえくんは悪くないです、ぼくが悪いです、ごめんなさい!」
「うっせ黙れ、歯ぁ食いしばれぇっ!」

 散々泣かされたんだ。
 ブン殴ってやるって息巻いてたのに……
 ぎゅうぎゅう抱きついてるあたしってやつは、もう。

「楓、ちゃんと生きてる……雪だってここにいる……っ!」
「……うん、いるよ。独りにしてごめんね。巻き込んで、ごめんね。きちんとけじめをつけるから」

 名残惜しげにからだを離され、いつもよりずっと高い視線が、凛と前を向く。

「……そういう、ことですか。ふふ……雪さんったら、なんてお人が悪いのかしら。あなたがいっしょなら、私は楓に手出しができませんものね」

 沙倉の薄ら笑いを受けて、あたしをかばう広い背がピンと張った。

「いかなる理由を挙げようとも、沙倉さん、あなたとお付き合いすることはできません」
「どうして? こんなにお慕いしているのに……」
「それ以前の問題なんです。あなたが想いを寄せる月森雪は、5年前に消えました。ここにいるのは、未練がましくさまよう、ちっぽけな幽霊だけです」
「雪……」

 忘れっぽいフリして、自分のことを話したがらなかった。
 なんとなく、わかってたよ。
 でも、もしかしたらってすがってた可能性も、たった今、打ち砕かれた。

「そんな……嘘だわ」
「事実です」
「嘘です! だってその子にふれられていたわ。生身の人間と干渉できるはずがない!」
「彼女は、特別なんです」
「一体どこが? 世界に見放された、惨めな娘ではないですか!」

 紗倉が言を荒げた直後だった。
 ビュウと突風が吹き下ろし、漆黒の夜空に白雪を舞い上げる。

「――これ以上彼女を侮辱すること、許しません」

 静かな声音につつまれた並々ならぬ怒りが、たった一言で紗倉を黙らせた。

「ぼくは兄として、月森楓(つきもりかえで)を愛しています。ひとりの男として、佐藤幸(さとうゆき)を愛しています。もう決して、奪わせはしない」

 ヒュオオオ――……

 静かに、めまぐるしく舞う白雪は、雪自身の怒りを具現化したよう。
 広い背に記憶の中の彼が重なる。
 あぁ……小柄なあの背は、こんなにもたくましいものだったっけ。

「……見捨てられていたのは、私のほうだったというわけですね」

 物悲しく啼く風に、すべてを悟ったようなつぶやきが消え入る。
 紗倉は静かに歩み出す。
 視線を伏せ、雪のそばを通りすぎる。
 身を強張らせたあたしさえもすり抜け、向かった先は。

「ちょっと……なにするつもり!」
「愚問ではなくて? 私の存在意義は、無きに等しいのよ。いくら奪っても、あなたたちが雪さんの中に居続けるのだから」

 転落防止の鉄柵、その一部が錆びた綻びへ淡々と近づく。
 彼女がなにをするつもりかは、一目瞭然だった。