ユキイロノセカイ

「同じだよ。あんたが殺したいほど嫌ってる楓と、変わらない」
「なにを……!」
「楓が強引にしてきたときみたいに、なんの説明もないまま、キスだけして……酷いやつなんだ」
「やめて! 楓なんかといっしょにしないで!」
「見てたんでしょ? なら、わかるはずだよ」
「彼は聖人ではないと? 私を落胆させて、あざむこうとしているのね!」

 紗倉は、欲望のままに行動する男は汚らわしいと思い込んでいる。
 それはちがうと、つたえさせてほしい。

「意味はちがっても、あたしは雪と楓のことが〝すき〟だよ。強引でも、ふたりの腕は温かかった……愛情が感じられたから」
「あなたに彼のなにがわかるっていうの!」
「わかるよ。少なくとも、あんたよりは」
「なんですって……!」

 これ以上はまずいか?
 下手に刺激したらきっと……
 いや、怖気づいてどうすんだ。
 後もどりはできないんだ。
 さらけ出せ。
 あたしの思い全部。

「名前を呼ぶときはさん付けじゃない。敬語でもない」
「っ!」
「ヘラヘラ笑って、能天気に喋って、甘えてきたり、それ以上に甘やかしてきたり」
「……ちがうわ……」
「スネたり、イタズラっ子みたいだったり、本当は離れたくないクセに、〝ぼくのことは忘れて〟とか言いながら泣いてる、カッコつけたがりなただの人間だよ」
「ちがうわ!」
「ちがわない! あたしはちゃんと見てきた!」

 1ヶ月足らずの関係でも、月森雪という人をちゃんと見てきたんだ。
 恥じることは、なにもない。

「本当の雪を、いい加減見てあげてよ」

 偶像崇拝はやめにしよう。
 そうしなければ、あたしたちは前に進めない。

「嫌よ! 認めないわ! 彼は変わらずこの世界にいるの!」
「だから雪は、もう……!」
「私が彼を手にかけたというなら、なぜ彼はあなたにふれられたの?」
「っ……わかんないよ……なのに温もりが残ってるから、混乱してんじゃん……!」
「そうよ! 亡霊に成り下がっては、あり得ないことなのよ! 私はこの5年、飢餓にも寒暖にもあえぐことはなかった……老いさえも、私を捕らえることできなかった。私は人間を超越したのよ! 彼と同じように……私は、神、に……」

 わめき立てる紗倉が、はたと口をつぐむ。
 やがてその口端が、弓なりに曲がる。

「そう……私は神なの。愚かな人間を罰する使命があるわ……」

 沙倉の瞳孔は開ききっていて、ゾクリと背が戦慄する。

「大丈夫、すぐ楓に後を追わせてあげる。絶望を味わわせてから……ね」

 ゆらり。
 目前でふり上げられる腕に、脳内がまっさらになる。

「そうねぇ……5年前と同じ方法がいいかしら。だけど、すぐには死なせてあげない。私の怒りを、苦しみを思い知って、地獄に堕ちなさい」

 おかしい……
 そもそも惜しくなんてなかったはずの命。
 だからこそ、ここにも来れたはずなのに。

(こわい……怖い……っ!)

 生きたいと願わずにはいられず、温もりを探してしまう。

(やだよ……楓……雪っ!)

 この人が〝神〟ならば、もう一度会いたいという願いは叶わぬ夢……

 ヒュオオオ――……

 ……そう思っていたのに。
 あたしの前に、きみは現れた。
 夜風になびく焦げ茶色の髪。
 悪魔からあたしを覆い隠す、広い背中。
 
「…………かえ、で?」

 楓はふり返り、ふわりとほほ笑む。
 あれ、こんな笑い方だったっけ……?

「忘れないでいてくれて、ありがとう」

 やわらかくひびく声音に、衝撃にも似た既視感を覚える。
 声が……出せない。
 固まるあたしをよそに、彼はまっすぐと向き直る。

「紗倉さん、もうやめてください」
「あら、急に礼儀正しくなって……」
「これ以上彼女を傷つけるというなら、ぼくはあなたの一切を、許しません」

 絶句する紗倉。
 ようやく異変に気づいたのだろう。

「……おふざけはいい加減にしてちょうだい。彼の演技をしたところで、私は騙されないわ」

 悪魔に睨みつけられてもなお、〝楓〟は凛と顔色ひとつ変えない。
 それどころか、まるで世間話をするように口をひらくのだ。

「あの夜も、イルミネーションがとてもきれいでしたよね」
「今さらなにを……!」
「けれどあいにくの積雪で、停電したときがありました。いっしょに来てほしいと、柵の向こうであなたに呼ばれたときです」

 顔色を変えることになったのは、むしろ紗倉のほう。

「せっかくの聖夜ですのにと、あなたは苦笑なさいました。意識を失っていたあの子は、到底知り得ないやり取りです」

 あたしだって信じられない。
 だけど、驚き、言葉を失う紗倉の表情が告げていた。
 これは真実である、と。

「ぼくは、月森雪(つきもりせつ)です」

 聖夜の街に、ちらちらと、白雪が降りはじめた。