ユキイロノセカイ

「ユキさんッ! くそっ、なんだよこれ!」

 黒い煙のようななにかが、生物のように蠢きまとわりつく。
 楓が払った場所から新たに生まれ、手足の自由を奪った。
 あたしたちに残されたのは、手のつながりのみ。

「今助けるから! 絶対助けるから!」
「かえで……っ!」

 溺れそうになりながら、必死に握り返す。
 それを滑稽で仕方ないというふうに、あざ嗤う影がある。

「ダメよ幸さん……楓まで巻き込まないで。あの子が相手だと私、つい殺しちゃいそうになるの」

 肩に置かれた手、耳元で囁かれた言葉。
 どれもが絶対零度の恐怖を伴って、あたしを凍りつかせる。

「……それは、ダメ」
「でしょう? 私は、あなたとお話できれば満足なの。わかってもらえるかしら?」
「ふざけるな! ユキさんに手出しはさせない!」
「あなたは黙っていなさい」

 フッと手のつながりがゆるむ。
 楓の表情が驚愕に染まり、「う、あああ……!!」と酷く苦しげにうなりはじめた。

「楓!? 楓になにしたのッ!」
「ちょっとしたお仕置きよ。あの日の夢を見せてあげてね」
「……刺された日のことを思い出させてるの?!」

 なんでそんなことができんのよ!
 本当に化け物?!

「ご希望とあらばすぐにやめてあげるわ。幸さんが私と来てくださるなら、の話ですけれど」
「っ……行く! 行くからもうやめて!」
「……ダメだ、行く、な」

 楓の足取りはフラフラ、目の焦点も合っていない。
 あたしのことが見えていないんだろう。

「言っただろ……俺の手を、離すなって」

 それでも、たとえ悪夢に飲み込まれそうでも、楓は必死に足掻いている。
 あたしの決心を揺さぶる。

「ありがとう楓……………………ごめん」

 精一杯の作り笑い。見えなくとも、感じ取ったんだろうか。楓の頬が強張る。

「冗談、だろ……やめてくれ!」

 ダメだ。口をひらいたら泣く自信がある。
 こんなザマじゃ説得力ない。
 だからごめん……楓。

「そんなっ……ユキさんまで……頼むから、俺を置いて行かないでくれ!」

 これは……くる。
 取り残される人の苦悩を知った上で、置いていくんだもん……

「嫌だ、許さない! 離したら俺、ユキさんのこと嫌いになるからっ!」
「ははっ……楓に嫌われるのは、やだなぁ」
「やめてくれ幸! 幸ッ!!」
「……またね」

 あたし、がんばってくるよ、楓。

「幸ぃいいいいい――――――ッ!!」

 心を鬼にし、指先のつながりを断つ。
 煙はすぐさま全身を飲み込んだ。
 苦しくはなかったけど、なんだか眠くて……

 ふわふわ浮くような感覚に身を任せ、まぶたを閉じる。
 クスクスと、笑い声が耳を通り抜けた。

「ようこそ。罪深き眠り姫様」