ユキイロノセカイ

 一寸先は闇。文字どおり。
 真冬の冷気がはびこり放題の廃墟で、かろうじてとなりに(かえで)の体温を感じるくらい。
 針の落ちる音すら逃さない静寂をへて、楓は息をもらす。

「よし、追ってきてないな」
「……なんでわかんの……」
「発作がないから」
「……それ感知式センサーなの」
「そういうこと。だからユキさん」
「……なに」
「ここまで来たら、大丈夫だよ」

 頭にそっと手を添えられたとたん、プツン、と緊張の糸が千切れる。

「なんなのよぉ、あのオバハン……っ!」

 ヘナヘナ崩れ落ちるあたしを楓が抱きとめ、壁際に座らせてくれた。
 同じ目線にしゃがみ込まれたなら、もう限界。

「犯罪者相手だもんな、怖かったよな……ありがとう。もう俺は平気だよ」
「かえでぇっ……!」

 深い切り傷、大量の血痕。
 あたしにとっては非現実的、だけどたしかに現実で。
 恐る恐る左胸へふれた手を、楓の大きな手のひらがつつみ込む。
 楓自身も恐怖していたはず。
 その上で、トクン、トクン……と応えてくれるたしかな鼓動に、ひとしきり安堵の嗚咽を漏らした。

「……ありがと。なんとか整理つきそう……だから、きいてもいいかな、いろいろ」

 一瞬の間があって、楓はうなずいた。
 再度手を引かれ、立ち上がる。
 あいにくライトは敵にプレゼントしてやったから、昔話は、夜目を頼りに歩きながら。

紗倉(さくら)は、清楚なフリして男グセ最悪なんだ。俺も中学んときに目をつけられた」
「うっわぁ、悪趣味……」
「もちろん拒否したさ。それがお気に召さなかったんだろうな」
「そんな……言うこと聞かなかったくらいで殺そうとする? 飛躍しすぎじゃない?」
「気に食わなかった、プラス邪魔になったんだよ。俺がいると思い通りにならないって」

 ハチャメチャな言動から察するに、たしかに恋愛対象としては見ていなかったな。

〝情けない弟を持ったものだわ〟

 曲がりなりにも、一度は異性として見ていた楓を弟扱いする意味って。

「楓のお兄さん……目をつけられたの」

 慣れてきた暗闇の中、唇を噛む横顔。
 それが答えだ。

「気のやさしい人だった。歳が離れたクソガキを、文句ひとつ言わず面倒見てくれて。俺は兄さんに育てられたようなもんなんだ」
「尊敬、してたんだね」
「あぁ……ホントいい人だったから、あいつ調子に乗ったんだ。やさしくされたのをかん違いして、兄さんに付きまとって……それであの日……っ」
「楓」

 苦しげな楓の腕を引いてさえぎる。
 でも、楓は静かに首を横にふるばかり。
 心を固めたような瞳だった。

「あの日……俺を刺したあいつは、兄さんと心中を図ったんだ……!」
「ウソでしょ……」
「途切れ途切れの意識の中、あいつと落ちる兄さんを5階の窓から見たんだ。なのにようやく病院で目が覚めたとき、ニュースが報道していたのは〝男性が飛び降り自殺をした〟とだけ」

 そうか。だから〝みんなが知ってることと真実は違う〟って。

 あたしは弥生(やよい)さんたちから〝亡霊がいる〟としか聞かなかったし、楓からは〝飛び降りたのは女性〟と聞いた。
 必然的に〝亡霊の正体は飛び降りた女性〟と思う。
 でもニュースを観た人からすると、〝亡霊の正体は飛び降りた男性〟だったんだ。