依然投げ出されたライトの頼りない光に、人影が浮かび上がる。
闇のように艷やかな黒髪を持つ女性は、床に膝をつく楓、そしてあたしを、妖艶な笑みで見下ろす。
「ごきげんよう、幸さん。それと――楓? まだしぶとく生きていたのね。浅ましい男だわ」
穏やかな声音だけど、言ってることは全然穏やかじゃない。
この人はだれなの。
「なんで……なんでおまえが生きてるんだよ、沙倉美和子!」
「5年ぶりの再会だというのに、相変わらず進歩がないわね……情けない弟を持ったものだわ」
「おまえみたいな姉を持った覚えはない! 人間面した悪魔が!」
「黙りなさい。またお仕置きされたいの?」
「くぁっ……!」
「楓っ!?」
「う……ぁ、は……っ!」
からだを折る楓。
苦悶の表情を浮かべ、ひたいからは玉の汗がふき出る。
全身はガタガタと恐怖を訴えて……ふるえる手先が掻きむしるようにつかんだのは、左胸。
とたん、脳裏に焼きついた痛々しい傷痕がフラッシュバックする。
「傷、お仕置き……? 楓になにしたんですか!」
「傷のことを知ってるの? あんなに異性を毛嫌いしていた楓が、幸さんにはねぇ……肌を許しておいて、どうしてモノにしなかったのかしら。理解に苦しむわね」
意味はわからない。
が、つらつらと並び立てられる独り言が楓を冒涜していることだけがわかれば、充分だ。
浅い呼吸をくり返す楓の背を支え、紗倉を睨みつける。
「あら怖い。誤解よ幸さん。この子ったら昔から聞き分けが悪くてね、少しお灸を据えただけなのよ?」
「少しのお灸で、あんなに深い傷が残るもんか」
「だって苦しませるほうが残酷じゃない? すぐ楽になれるように、ちゃんと狙ったのよ、ここ」
トントンと首筋を叩く沙倉。
確信した……この人は、楓を殺そうとしていたんだ。
たとえ頚動脈をかわされても、深く切りつければ致命傷を負わせられる。
左胸は特に。
「賢い幸さんへ、いいことを教えてあげるわ。そこの血はね、楓のものなのよ」
「……な」
「ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーんぶ! 綺麗な紅色だったわ! あのまま死んでくれたら最高だったのに!」
狂ってる。
高らかに嗤う彼女は、たしかに人の皮をかぶった悪魔だ。
「ユキさん……逃げて。こいつが生きてたなんて誤算だった……このままじゃ、殺される」
「なに言ってんの! 楓を見殺しにするような真似、できるわけないじゃん!」
「仲間外れはいやぁよ?」
この上なく甘美な吐息が、じかに耳朶へふれる。
固まるあたしたちに一歩近づき、美しい悪魔はクスクスとほほ笑む。
「見逃してあげましょうか? ふたりとも」
「……なにを、させるつもり」
「察しがいい子は好きよ。だけどそんなに構えないで。とても簡単なことだから。ねぇ楓、折角だもの、幸さんを抱いてさしあげなさいな」
「……なんか、サイッテーな空耳が聞こえたような」
「我ながら名案だと思うのだけれど? あなたは想い人を失って間もない。楓なら虚ろなからだを、心だって満たしてくれるわ。あなたのことを愛しているんですもの」
「あたしと楓の心情を、勝手に決めつけんな」
「それは残念ねぇ……幸さんは気が乗らないみたいよ、楓?」
そこではじめて異変に気づく。
絶えず紗倉を睨みつけていた楓が、やけに大人しいと。
「楓……?」
ついのぞき込み、肩が跳ねる。
あたしを捉えた瞳。
熱に浮かされたそれに、見覚えがあったから。
「……幸」
「ひゃっ……」
ふいに両肩を押され、ふたりしてもつれ込む。
両手首は冷たい床に縫いつけられ、膝を割り入れられた脚はビクともしない。
「ウソでしょ楓……んぅっ、んんっ!」
唇を奪う、なんて生易しいものじゃない。
頑なに拒否する唇を強引に割り、熱い舌が入り込んでくる。
……呼吸が、できない。
抵抗が弱まると、楓はさらに体重をかけ、つながりを深くした。
あたしに残された道は、貪るような口づけを、受け入れることだけ。
「ほらね。欲深い生き物なのよ、男って」
冷めたつぶやきがどこで漏れたものか、それすら判別できない……
闇のように艷やかな黒髪を持つ女性は、床に膝をつく楓、そしてあたしを、妖艶な笑みで見下ろす。
「ごきげんよう、幸さん。それと――楓? まだしぶとく生きていたのね。浅ましい男だわ」
穏やかな声音だけど、言ってることは全然穏やかじゃない。
この人はだれなの。
「なんで……なんでおまえが生きてるんだよ、沙倉美和子!」
「5年ぶりの再会だというのに、相変わらず進歩がないわね……情けない弟を持ったものだわ」
「おまえみたいな姉を持った覚えはない! 人間面した悪魔が!」
「黙りなさい。またお仕置きされたいの?」
「くぁっ……!」
「楓っ!?」
「う……ぁ、は……っ!」
からだを折る楓。
苦悶の表情を浮かべ、ひたいからは玉の汗がふき出る。
全身はガタガタと恐怖を訴えて……ふるえる手先が掻きむしるようにつかんだのは、左胸。
とたん、脳裏に焼きついた痛々しい傷痕がフラッシュバックする。
「傷、お仕置き……? 楓になにしたんですか!」
「傷のことを知ってるの? あんなに異性を毛嫌いしていた楓が、幸さんにはねぇ……肌を許しておいて、どうしてモノにしなかったのかしら。理解に苦しむわね」
意味はわからない。
が、つらつらと並び立てられる独り言が楓を冒涜していることだけがわかれば、充分だ。
浅い呼吸をくり返す楓の背を支え、紗倉を睨みつける。
「あら怖い。誤解よ幸さん。この子ったら昔から聞き分けが悪くてね、少しお灸を据えただけなのよ?」
「少しのお灸で、あんなに深い傷が残るもんか」
「だって苦しませるほうが残酷じゃない? すぐ楽になれるように、ちゃんと狙ったのよ、ここ」
トントンと首筋を叩く沙倉。
確信した……この人は、楓を殺そうとしていたんだ。
たとえ頚動脈をかわされても、深く切りつければ致命傷を負わせられる。
左胸は特に。
「賢い幸さんへ、いいことを教えてあげるわ。そこの血はね、楓のものなのよ」
「……な」
「ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーんぶ! 綺麗な紅色だったわ! あのまま死んでくれたら最高だったのに!」
狂ってる。
高らかに嗤う彼女は、たしかに人の皮をかぶった悪魔だ。
「ユキさん……逃げて。こいつが生きてたなんて誤算だった……このままじゃ、殺される」
「なに言ってんの! 楓を見殺しにするような真似、できるわけないじゃん!」
「仲間外れはいやぁよ?」
この上なく甘美な吐息が、じかに耳朶へふれる。
固まるあたしたちに一歩近づき、美しい悪魔はクスクスとほほ笑む。
「見逃してあげましょうか? ふたりとも」
「……なにを、させるつもり」
「察しがいい子は好きよ。だけどそんなに構えないで。とても簡単なことだから。ねぇ楓、折角だもの、幸さんを抱いてさしあげなさいな」
「……なんか、サイッテーな空耳が聞こえたような」
「我ながら名案だと思うのだけれど? あなたは想い人を失って間もない。楓なら虚ろなからだを、心だって満たしてくれるわ。あなたのことを愛しているんですもの」
「あたしと楓の心情を、勝手に決めつけんな」
「それは残念ねぇ……幸さんは気が乗らないみたいよ、楓?」
そこではじめて異変に気づく。
絶えず紗倉を睨みつけていた楓が、やけに大人しいと。
「楓……?」
ついのぞき込み、肩が跳ねる。
あたしを捉えた瞳。
熱に浮かされたそれに、見覚えがあったから。
「……幸」
「ひゃっ……」
ふいに両肩を押され、ふたりしてもつれ込む。
両手首は冷たい床に縫いつけられ、膝を割り入れられた脚はビクともしない。
「ウソでしょ楓……んぅっ、んんっ!」
唇を奪う、なんて生易しいものじゃない。
頑なに拒否する唇を強引に割り、熱い舌が入り込んでくる。
……呼吸が、できない。
抵抗が弱まると、楓はさらに体重をかけ、つながりを深くした。
あたしに残された道は、貪るような口づけを、受け入れることだけ。
「ほらね。欲深い生き物なのよ、男って」
冷めたつぶやきがどこで漏れたものか、それすら判別できない……



