ユキイロノセカイ


  *  *  *


 あたしたちみたいなのが入り込むのを防ぐためだろう、正面玄関は硬く施錠されていた。
 さて、どうしたものか。
 考え込むより早く、歩き出す楓。

「来て」

 言われるままについて行けば、なんと、裏口らしき場所に行き当たるではないか。

「開いてるな。ユキさん、こっち」
「なにここ、なんで知って……?」
「……心霊スポットとかウワサが立つくらいだろ。入り口のひとつやふたつ、物好きが作ってくれてるもんさ」
「そういうもんなの?」
「そういうもん。暗いから足もと気をつけて」

 チェーンが絡み、一見して閉ざされた扉。
 錆びたドアノブを楓がひねれば、ギィ……と不気味な声を上げ、あたしたちをむかえ入れた。

 宵時ともなると、閉め切られたブラインドカーテンのすきまから入るものはなにもない。
 楓はフィールドジャケットの右ポケットから小型懐中電灯を取り出す。
 それを始点に、LEDライトが4~5mほど先を照らし出した。

「なんにもない……」
「ここに入ってたテナント全部、さっさと出てったみたいだからね」

 まぁ客は寄りつかんわな。
 だだっ広いだけの場所で納得。
 ていうかメッチャ声ひびくんですけど。
 あと向こうから聞こえるピチョン……とかホラー映画にありがちな効果音。
 なんすか、なんなんすかホント。

「雨漏り? 天井から雪どけ水がしみ出してるみたいだ」
「バカやろう、しみ出すんじゃねぇよ……」
「ああいうところはもろくなってるから、別の方面で階段探そう。……寒くない?」
「むしろ暑いだす」

 怪しいろれつでズズッと鼻をすするあたしに、楓は苦笑。
「早く終わらせよっか」とつないだ手を握り直した。
 ちょっと冷や汗かいてる……?
 心底嫌がってたもんな、ここ来るの。

「楓さん、幽霊が怖いのは悪いことではないです。わたしもビビってきました」
「ははっ……ありがと。幽霊には負けないよ」

 楓は「行こうか」とほほ笑んだ。
 ライトで様子をうかがいながら、慎重に歩を進めていく。

 自然と会話は途切れてしまった。
 楓に引っつき、足音がひびく廃墟を上へ上へと急ぐ。
 5階くらいに到達したころだろうか、楓の足が止まった。
 緊張の糸が張り詰めていたあたしは、たまらず沈黙を破る。

「どうかした?」
「頼みがある。俺がいいって言うまで、目を閉じて、息も止めてて」
「そらまたなんで……ぬわぁっ!?」
「しっかり捕まってて。行くよ!」

 いきなり膝裏を抱え上げられ、とっさに楓の首へしがみつく。
 わけがわからんが、理由もなしに変なことをするやつじゃない。
 慌てて息を吸い込み、きつく目をつむった。

 見えなくても、風を切る音が聞こえる。
 疾走しているようだ。
 暗い中、足取りに迷いはない。
 ひやりと冷たい空気が頬をなでる。
 これがなにか、もう知ってる。
 屋上から降りてくる風。
 つまり、階と階とをつなぐ階段が近い証拠。

 ――ピチョン。

 ふいに、どこかで水音がひびいた。