ユキイロノセカイ


  *  *  *


『生きたいか?』と問われた。

 はい、と答えた。
 自分には、大切なひとがいるから。

『生きる覚悟はあるか?』と次に問われた。

 意図をはかりかねたけれども、はい、と答えた。
 あの子を(のこ)してゆくなんて、考えられないから。

『では、一度だけ機会をやろう――』

 そうしてなにひとつ理解しないまま、もどってきてしまった。

『生きる覚悟はあるか?』

 再度問われたなら、首を横にふるしかない。
 もう、わからなくなってしまいました……と。



「――(ゆき)ッ!」

 名前を呼ばれた次の瞬間、天地がひっくり返る。
 痛みはなかった。背中と頭をつつんだ腕が、地面との緩衝材になってくれたから。
 ところで、なんであたし、アスファルトに寝てんの? そんで上に楓が乗ってんの?

「怪我はっ!?」
「……どこも痛くない、けど……?」
「よかったっ……勝手にいなくなるなよ! 死ぬところだったんだぞ、バカ!」

 上体を起こすなり、苦しいくらいに抱きしめられて気づく。
 楓の肩の向こうで、植木鉢が粉々に砕け散っていることに。
 あたし、あそこ歩いてた?
 全然気づかなかった。
 ていうか、さっきまでの記憶がおぼろげだ。

「ひとまず、家に帰ろう」

 はるか頭上のアパートを見上げる。
 真新しいベランダに並ぶ植木鉢。
 あれが、たまたま強風に煽られて……
 まぐれでも、あたしはここで死にかけたんだ。
 ゾクッと背筋が戦慄(せんりつ)し、手を引く楓に駆け寄った。

「なにか用事があるときは、俺に言ってな?」
「ごめん……メッセージ、送ったんだけど」
「……メッセージ?」

 まさか……送れてなかったとか?
 訊けば「来てない」とうなずく楓。
 え、でも送信エラーのメッセージなんか、出てなかったはず。

「いや、もうなんでもいい。ユキさんが無事だったから」
「怖いくらい、あたし至上主義だよね」
「末期なんで」
「楓、ありがとう」
「どういたしまして」

 やわらいだ声音は、もういいんだよの合図。

「慣れないことすると、空回るね」

 どうせだから素直に白状する。
 楓に盗られたその買い物袋、紅茶とカップケーキ入ってます。
 日頃のお礼です、と。
 それ調達に出かけて楓の寿命縮めてりゃ、世話ないけど。

 やった、とうれしげな横顔にホッとして、影をのばした帰り道。
 間もなく家へ到着。
 鍵を開けようと楓がドアノブに手をのばしたときのことだ。
 ヴヴヴ……とふいのバイブ音がひびく。
 発信源はフィールドジャケットだ。
 ポケットからスマホを取り出した楓は、ピタリとまばたきを止める。

「ユキさん、メッセージってこれ?」
「ん? あ、それだ。なんでいまになって……」

 画面をのぞき込もうとしたそのとき、ひらり。
 真冬の冷気に乗って、なにかが足もとに舞い降りた。

「それは?」
「パッと見クリスマスカードだけ、ど……」

 赤と緑と白。
 ポップなデザインのそれを拾い上げ、裏返した瞬間、釘づけとなる。



 メリークリスマス!

 親愛なる幸さんへ。
 遅くなってごめんなさい。
 今夜、お時間を頂けないでしょうか。
 ふたりでお話がしたいです。

 雪



 言葉を失い、思わずふり返る。
 楓も、食い入るようにクリスマスカードを見つめていた。

「ねぇ、かえ――」
「ダメだ!」

 ぐっとつかまれる腕。
 楓の反応は、あたしの予想に反したものだった。

「行かせられない。行くな」
「なんで? いっしょに雪を探そうって、楓も言ってくれてたじゃない……」
「っ……どうしても行くなら、俺も行く」
「雪はふたりで話がしたいって」
「うなずかないなら、俺は手を離さない!」

 わがままとかじゃない。
 頑として言い張る楓からは、なにか堅い決意のようなものが感じられた。

「……わかった」

 雪に会える。
 なのに手放しで喜べない。
 すべては、胸に居座る違和感のせい。
 凍てつく風を引き連れて、クリスマスは唐突におとずれた。