ユキイロノセカイ

「あたしは、楓に応えてあげられない」

 やさしさは時にひとを傷つけることを知ったから、あえて告げよう。
 器を置いて向き直る。
 そうして二の句を継ぐより早く、パタンと雑誌が閉じられた。

「好きなのは俺の自由だ!」

 覆いかぶさる楓が見えて、息を詰めた。
 でも、ふわりと肩をつつみ込む腕に、自然と手足の強張りは解けてしまう。
 あたしを労るような、温もりだった。

「ユキさんが欲しくて欲しくて、手に入らないんなら意味ないってヤケクソになってた。でも別れるとき、心臓が引き裂かれるみたいに痛んだんだ。大事な子に悲しい顔させて、なにやってんだ俺はって」

 おたがい初めての経験で、右も左もわからないのは当然のはず。
 それにあたしは甘えていた。
 楓はちがうと気づいていた。

「心が手に入らなくても、ユキさんを好きな気持ちが取り上げられるわけじゃない」
「楓……」
「見返りはもう要らない。ユキさんが笑ってすごせるための力になる。それが俺の幸せだ」

 楓はとても晴れやかな笑みをこぼす。
 それはまさに、虹がかかった雨上がりの青空。
 どうして楓はあたしを好きになったんだろう。
 いまのあんたに、あたしなんかは相応しくないのに。

「だからユキさんのつらさ、全部俺にちょうだい?」
「……これはあたしのだ。誰がやるか、たわけ者」

 そう、全部あたし自身がカタをつけなきゃいけないもの。
 楓のことも、雪のことも。

「……楓の気持ちは、ちゃんと届いてるから」
「その言葉だけで充分。ありがとう」

 あたしは、独りじゃないんだ。
 だって、こんなに支えてくれる人がいる。
 そうだ、へこたれてる場合じゃない。
 かけがえないひとのために、強くなろう。

 大きな手が、ぎゅっと、あたしのそれを握る。
 力強くうなずいた楓は、ひときわまぶしい笑顔を見せてくれた。

「――っ!」

 その直後だ。声なきうめき声が上がったのは。

「楓っ!?」

 とっさにからだを折った楓の肩を抱く。
 胸……?
 そういえば、楓が押さえているところにはたしか。

「傷っ! 傷が痛むの?」

 鋭いなにかでえぐられたような、深い傷痕。
 左胸に刻まれているそれを、楓の部屋で見たことがある。
 混乱まっただ中で一瞬目にしただけでも、痛ましい光景は脳裏に焼きついていた。

「よく見てるなぁ……昔ヘマしたときの古傷が気まぐれに痛むだけだから、平気」
「けど……!」
「死にはしないって。大丈夫。それよりも、離してほしいかなーなんて。ユキさんの大事なセツさんとやらに、大変申し訳ない」

 やんわりと諭され、細い身体を支える腕を引っ込める。
 雪は怒らないだろう。
 けれど男は少なからず嫉妬するもんだと、楓は続けた。

「好きなんだろ? ユキさんは、自分の気持ちを大事にしてよ」
「もぉやだ……今日のあんた、やさしすぎ……」
「ほーら泣かない泣かない。そんなんじゃ悪い虫にたぶらかされるぞ? いろいろ考え込む前に食べて、寝て、元気になって、セツさん探しに行こう!」
「うん……っ」

 正直、味なんてよくわからなかった。
 それでも雪のため、はげましてくれる楓のため、嗚咽を漏らしながらひたすらにお粥を食べ続けた。