ユキイロノセカイ

 コートを着て、マフラーを巻く。
 準備がととのったら遠慮は要らない。
 さぁ行こう――

「どこに行くつもりかな?」
「……すずめの子、そこ退けそこ退け、お馬が通る」
「まわれ右して、もどりなさい」

 あと少しのところで開かれた玄関ドア。
 すばやくからだをすべり込ませた(かえで)は、後ろ手に鍵を閉める。
 とぼけても無意味。
 そんなこと、頭ふたつ分は高い場所にある険しい面持ちから、嫌というほど理解できた。

「……おねがい、楓」
「きみになにかあったら発狂するって、前に俺言ったよね」
「……」
「おねがいだから寝ていてくれ……ユキさん」

 そんな切実なおねがい、卑怯だ。
 コートもマフラーもあえなく没収。
 背を押され布団に逆もどり。
 これにて脱走は失敗か。
 毛布をかけてくれる楓には、ふて寝で反抗してみる。

「ユキさん、昼はがんばって食べよう。桃缶も買ってきたよ?」
「……食欲ない」
「少しでいいから食べて、薬飲まないと」
「……寝てれば治る」
「そっか。じゃあ俺も、プランBへ移行します」
「……プランB?」
「ムリやりにでも食べさせる。具体的な手法としては口移しとか」
「食べます」

 へそを曲げても、それ以上にねじ曲がった切り返しをするとは。
 楓のやつ、あたしの扱いが上手くなってないか?

「よろしい。それでは、いい子で待っていてください」

 かと思えば、ふだん通り屈託なく笑ったり。
 頭をなでる楓に無言でうなずき、寝返りを打った。

 ――あの日、楓ともどったとき、(せつ)は忽然と姿を消していた。
 何事もなかったかのように、広場では人々が行き交うのみ。
 絶望に近い落胆を味わったあたしは、翌日から体調不良に見舞われる。
 息を潜めていたものが爆発したみたいに。
 高熱に悩まされるあたしの看病を、なにも言わずとも楓が引き受けてくれて、もう2日になるか……

「はーい、お待ちどうさま」

 出た。塩分補給に保温効果、あとは栄養価の高い梅干しやら生姜やら玉子その他諸々をぶっ込んだ、楓特製カオス粥。
 レンゲひとすくいのそれをぱくり。
 何味か形容し難いくせに、美味ときた。
 ある意味天才ではなかろうか。

「……楓は、なんで世話焼いてくれんの」

 距離はちいさなテーブルひとつ分。
 楓は雑誌の活字をながめてる。
 食事のときはいつもそう。
 見られる一方なのがいやだって、あたしが駄々をこねたから。

「ユキさんをほっとけないからだよ」

 雑誌なんて、結局はただの気休めだ。
 その証拠にほら、すぐさま返事があると無性にいたたまれなくなる。