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あたしがちっさいころだ、父親が蒸発した。
母親は病気に負けた。
一時期養護施設に入ったりもしたけど、まわりになじめず定時制高校に進学。
いまは日中にアルバイトをしながら、夜間に勉学にはげむという生活を送っている。
もちろん、友だちなんてシャレたものはナッシング。
自分のことで精いっぱいなのに、他人のことなんか気にしてらんない。
なにをしても冷めてるのは、そもそもあたしが、生きること自体に執着してないからなんじゃと気づく。
それからはちょっと気が楽になった。
痛いのやだし、進んで死のうとは思わないけど。
「あたしは、なんのために生まれてきたんだろうねぇ……」
意味もなくのうのうと息をするくらいなら、頭キレッキレのだれかさんと取りかえてほしい。
能力のある人間が、この世界を構成していく。
そしたらなんでも丸くおさまるじゃん、ねぇ?
「はぁあ? こんだけで遊べってゆーの? マジないんですけどー!」
こういう人間見るとね、うん、余計にそう思う。
夜遊びもいいところの深夜。
まだ活気が冷めやらぬ街の一角で、制服ギャルがお札片手にぷりぷり腹を立てている。
街灯に照らされた相手は、大学生くらいの男。
なんとなく悟った。
運の悪いことに、この一連の光景が、あたしの歩幅3歩先で展開されている。
やっちまった。
足もとばっか見て生きてるから、こんな事態に出くわしてしまう。
(知らぬが仏。さわらぬ神に祟りなし。あたしはただの通行人A)
なのにそそくさとふみ出した矢先、男と目が合う。
マジかよ。
「黙ってちゃわかんないんだけど。なんか言えよ!」
「え、あ、夜遊びはやめたほうが……」
「あァ!?」
「ひッ……!」
なんだコレ。
援交的なアレかと思えば、どうやら違ったらしい。
通りすがりのギャルに、金をしぼり取られるひ弱な男の図。
はぁ……めんどくさ、ったく。
「やっほー、元気してる? あたしも混ぜてよ!」
「あ?」
ギャルがふり返った隙に、あ、男が逃げた。
……え、逃げた?
メチャクチャ顔引きつってたね。
え、助け求められたと思ったけど、かん違いされた?
ギャルの仲間だって? あれっ?
「なにやってんだよ! 逃げられたじゃん!」
「知り合いかと思ったら違った。よくよく考えたら、こんな趣味の悪い友だちいなかったわ、ゴメンネ」
「ケンカ売ってんのかクソアマッ!」
「っとぉ!?」
蹴りが飛んできた。
怖っ、最近のギャル怖っ!
いやあたしも人のこと言えないっちゃ言えないけど、あんなケバケバはしてないし。
コスメ買うくらいなら腹の足しにしたほうが……って、それどころじゃなかった。
「ちょこまかしやがって!」
蹴っては避け、蹴っては避け。
下手に逃げ回ったのがいけなかったのか。
つけま取れかけてるのにも気づかず目ぇカッ開いたギャルに、胸ぐらをつかまれてしまった。
次の瞬間には、馬鹿力でドンッ。
冷たい冷たい冬のアスファルトと、コンニチハのお時間だ。
「ったいなぁもう……」
なおもボロクソに罵声がふっていたが、身を起こしたときだ。
ギャルの顔から、スーッと血の気が引く。
それもそうか。
赤信号の向こうから、猛スピードでトラックがせまってくるんだもん。
まばゆいヘッドライトにつつまれるほど、頭が真っ白になった。
あたしの両足は、動いてはくれない。
やっぱり、こんなもんなんだよ。
たまたま人助けに入ったあたしは、たまたま突き飛ばされて、たまたま信号無視のトラックに跳ねられる。
善い行いをしたからって、神さまが幸せをくれるわけじゃない。
世界はいつだって、不条理だ。
(……こんな最期は、やだかも)
ははっと、薄い嗤いがもれた。
かん高い悲鳴とブレーキ音で、頭がかち割れそうだ。
いっそのこと、ハンマーでぶん殴ってほしいくらい。
それでも、あたしに死ねと突きつける世界をあおぎ、空をにらむ。
そのときだった。
ひらり、ひらり……
錆びついたねずみ色の空を、純白の花びらが舞う。
「……ゆ、き……?」
なんだこれ。
イヴにすらお目にかかれないあたしへの皮肉なのか。
「きれい、だな……」
乾いたわらいの一方で、雫が頬を潤す。
どうしてかはわからない。
静かにまぶたを閉じれば、もうなにも聞こえなくて。
――心配なんです。
なにも聞こえないはずなのに、声が届いたんだ。
少女のような、少年のような、澄んだ声が。
――あの子を独りにはできません。
聞き慣れないそれは、やわらかいひびきで、不思議と鼓膜にとけ込む。
――おねがいします。
その心地よさにひどく安堵した直後。
鈍い衝撃がからだを襲った……気がした。
なのに。
ちらちら――……
なぜいまも変わらず、あたしの世界に粉雪は降り注いでいるのか。
「お疲れさま」
そしてなぜ、そこにいるきみは、あたしにほほ笑みかけているの……?
「だけどね、まだダメ。もうちょっとの辛抱です」
五感すべてが曖昧なまま、世界に粉雪だけが舞う。
「帰ろっか」
さし出されたクリスマスカラーの傘。
艷やかな黒髪、チョコレート色の瞳。
それはどんなイルミネーションよりも鮮やかに、脳裏へ焼きついた。
「さぁ、起きる時間だ――ユキちゃん」



