ユキイロノセカイ

 不幸事とは、立て続けに起こるもの。

「……ヒマだ」

 灰色の寒空を見上げて、何度目のため息だろう。
 平日の昼下がり、噴水広場に独りぼっち。

 行くとこなんて余るほどあるのに。
 ま、そんくらい想い出にすがってるんだよな。
 傷心この上ない。隙ありまくり。
 いまならコロッと落ちるかもだぞ。お得な物件だぞー。

「そう……あたしは、やっすい女だ」

 独りが寂しい。
 あんたたちのせいだよ、責任取りやがれ(かえで)……(せつ)
 ちらちらと、ひたいをかすめるなにか。
 白銀の粉雪が宙を舞う。
 鼻の奥がツンとしてあおいだねずみ色の空を、クリスマスカラーがさえぎる。

「風邪を引きますよ」

 会わなければ諦めがついたかもしれないのに、なんで、どうしてここにいるの……雪。

「社会人なのにヒマしてんだね、あんたも」
「……なんだか、気になって」

 よくわからないのに、見ず知らずの他人に傘さし出すんだ。
 まごうことなき雪だな、このお人好しは。

「まぁちょうどいいや。これ、渡しとくね」

 あたしが薄笑いで紙袋を手渡すと、チョコレート色の瞳がぱちぱちとまたたく。

「これは、ぼくのコートですね。どうしてきみが?」
「さくらさん忙しいから、代わりに返しときまーす」

 そういうことにしときゃ万事解決でしょ。
 雪も納得がいったように、ペコリとお辞儀をひとつ。

「わざわざお手数をおかけしました」
「いえいえー」

 借り物を返して用事終了。はい解散。
 なのにだよ、雪はどうしてか動こうとしない。

「きみは、いつからここに?」
「訊いてどうすんの?」
「……風邪を、引くと思います」

 おいおい、大事なことなので2回言いましたってか。
 もう他人なんだ。
 あたしがどうしようと、雪に不都合はないだろうに。

「残念だったね。もう引いてる」

 ほくそ笑んで、優越感にひたる。
 この際だ、いいことを教えてやろう。

「ねぇ雪、あたし今日ね、お店からもう来なくていいって言われちゃった。なんかね、取り立てのひとが父さんの居場所問い詰めに来て、怒鳴ったわけ。それでオーナーが、お店の評判悪くなるからって……」

 そこそこ長くお世話になってたのに、一瞬で邪魔者扱い。
 知らない。関係ない。どうしてあたしが。
 単純に腹が立った。
 だけどね、本当は知ってる。
 世界は不条理なんだ。
 清く正しく生きたって、幸せが保証されるわけじゃない。

「あたしの人生も、そろそろ潮時なんかね。なんのために生まれてきたのやら……って、あんたに言ってもわからんでしょうが」

 雪はなにも言わない。
 他人の話に愛想を尽かさず、ただ聞き入っている。
 ホント、あんたってやつは……

「ま……悪いことばっかでもなかったよ。不幸不幸だって諦めてた人生で、一番うれしかったことがあるとすれば、雪に会えたこと」

 思えば、摩訶不思議な出会いだったね。
 面識なんてカケラもないあたしの夢に出てくるなんて、物好きなやつだった。
 だけど、そこからすべてがはじまった。
 雪がくれた言葉が、あたしの世界を変えたんだ。

「雪、ありがとう。傘貸してくれたり、コートかけてくれたり……あたしのこと、大好きって抱きしめてくれたり。うれしかった。泣きそうなの、こらえてたんだから……」

 もう、袋に入ってる紙切れなんかに頼らない。
 自分の言葉で伝えるね。

「雪の気持ちに、ちゃんと返事してあげられなくてごめんね。雪……好きだよ。大好き。あたしのことは、忘れてね」

 ――ひときわ強い風が吹き下ろし、舞い上がる粉雪に視界が白む。

 キラキラと、手の甲へとけたダイヤモンドダストには、なぜか温もりがあった。
 質量を増すそれは、粉雪なんかじゃない。
 雪の頬をつたう、宝石だ。

 ぽろぽろと両目からこぼれる、大粒の雫。
 きれいだ……
 あたしの感嘆は、刹那、奪われる。
 視界の端に放られた傘と紙袋を認め、我に返る。

 一体誰が予想できただろう。
 噛みつくように、唇をふさがれるなんて。