ユキイロノセカイ

 冬は、どうして空が高いのだろうか?
 太陽が遠いからだ。
 どうしてこんなに、寒いのだろうか? 
 それは、雪が降るからだ。

 冷気をまとった風が、噴水広場を吹き抜けてゆく。
 首を縮めた人々が足早に行き交う場所で、たったひとり、気持ちよさそうに黒髪をなびかせる少年。いや、青年。

「あ、(ゆき)ちゃーん!」

 降りしきる白い結晶と同じ名を持つ彼は、凍てついた路面を、危うげなく駆け寄ってくる。
 軽やかにダンスするように。
 淡雪に愛された妖精のように。

「傘もささずにどうしたのー。はいっ!」

 くるっと傾けられたクリスマスカラーの下。
 チョコレート色の瞳が、少し高い位置ではにかむ。

「なんかひさしぶりな気がするねぇ。昨日はどうしたのかな?」
「バイト中に風邪、ぶり返したみたいで。帰ってくたばってた」
「わぁあっ、病み上がりなら寝ててもよかったのにー!」

 いつも通りの(せつ)
 心からあたしを心配してくれる、やさしい雪。
 彼を前にしたら、ごまかそうとしてる自分が酷く情けなくなった。

「……ちがう。ごめん……あたし、来て……雪に合わせる顔、ない、のに……」

 (かえで)は悪くない。楓は悪くない。
 思いと裏腹に、思考が掻き乱れる。
 それは楓にされたことを、心のどこかで雪に望んでいたから。
 そんなこと知るはずもないのに、きみは陽だまりみたいな蕾をほころばせて、手をさしのべるの。

「おいで」

 やわらかなひびきがあたしを呼ぶ。
 それが、いまはつらい。

「だめ……やさしくしないで。あたしには、雪に返せるものが、ない」
「見返りなんて要らない。ぼくが幸ちゃんにやさしくしたいだけだよ」
「雪がそうでも、あたしはっ、雪にわがままになる!」

 頭をなでてほしいんじゃない。
 あたしがほしいのは、手袋1枚にへだてられた体温。
 雪そのものだから。

「あたしを甘やかしたいんなら……キス、して」

 ――沈黙が降りる。

 あたしという女は、どこまでも薄情だ。
 楓の想いを掻き消そうとしてる。
 雪に上書きをさせようとしてる。
 それが叶ったところで、あたしの意地汚さは消えないっていうのに。

「……ごめん。それは、ムリだ」

 ほらね、雪だって嫌がってる。
 急にこんなことを言い出した理由くらい、とっくに感づいてるんだろう。
 鈍いようで、雪はあたしに敏感でいてくれたから。
 そんな気落ちしなくていいの。
 ただ雪の『好き』が、あたしがほしいのとちがっただけだから。

「ぼくね、いけないと思うんです。だってそういうのは、気持ちが伴うものでしょう?」

 なのに、ひた、と頬にふれるものがあって。
 あたしは目を見ひらく。
 手袋、いつの間に外したの。
 なんで、指先でやさしくなでるの……?
 混乱まっただ中、追い討ちをかけるように細い腕が背中に回る。

「もーダメ、限界です。心臓に悪いです。幸ちゃんの天然さんめー」

 あたし、雪に抱きしめられて、る……?

「えっと……?」
「ぼく、幸ちゃんのことだいすきなんだよ。知らなかったでしょ?」
「あのね雪、そういうことじゃなくて!」

 身を乗り出せば、スッとかざされる指先。
 雪がほほ笑んだ次の瞬間、墜ちてくるクリスマスカラー。
 あたしは力強い腕の中。
 なにが起こったのか、すぐにはわからなくて。
 黒髪がふわふわ鼻をくすぐり、我に返る。

 夢のよう。
 でも、かさなる唇は幻想じゃない。
 雪降る街。
 それは、傘の下の秘め事。