ユキイロノセカイ

 あんなに真剣な(かえで)、初めて……

 悶々としているうちに駅前へ到着。
 おびただしい人が闊歩する昼下がりの片隅に、ひょろ長いあいつはたたずんでた。
 あたしを見つけるとフィールドジャケットのポケットから手を出し、もたれていた街路樹から細い身を起こす。

「お疲れ」
「……どーも」

 いつもマシンガンみたいに続く会話は、これっきり。
 やけに胸がざわつく。
 息を吸えば、真冬の冷気にのどが凍りつきそうだった。

「……意外だったな。ユキさんがメイド喫茶でバイトしてたの」

 先に会話の糸口をつかんだのは、楓。
 あたしも探り探り言葉を返す。

「キャラじゃないけど、この辺じゃ一番時給よかったし……」
「似合ってたよ。見惚れた。そんで……やな気持ちになった。俺のほかにも、こんなユキさん見てたやつらが大勢いるんだって」

 下田(しもだ)さんや木村(きむら)さんだって悪気はなかった。
 そんなのわかってる。だけど。

「ユキさん……俺、すごく悔しい。茶化されて、ポロッとこぼれたみたいに知られるのが情けない。でもっ……この気持ちは、もうごまかせない……!」
「ちょっ……」
「好きだ……っ」

 後ずさるヒマすら与えられず、たった1歩で詰められた距離。
 腕をつかまれたあたしは、みるみる抱きすくめられていく。

「そんなっ、あり得ないよ!」
「……なにが」
「楓はかん違いしてるの! ふれても平気な異性が、たまたまあたししかいなかったから……!」
「たまたまさわれたから、ユキさんのこと好きになったと思ってんの? ちがう。ユキさんが好きだから、ふれられたんだ」

 腰を絡め取る腕。
 驚きのけ反った先で、熱に浮かされた瞳をあおぐ。
 心臓が飛び跳ねた。
 あたしを映す焦げ茶色の瞳が、身を焦がすほどに甘やかで。

「一目惚れはやだ? 信用できない?」
「そんな、ちが……」
「じゃあ聞いてよ、俺の気持ち。ユキさんが好きだ。かわいくてしょうがなくて……大切な女の子なんだ」

 なんだ、なんだこれは。
 だってあたしの知ってる楓は、ヘタレで、バカで。
 こんな大衆の前でなにかするとか、あり得なくて。
 鎖でつなぐように、掻き抱いたりしない。
 かすれた低音で、囁いたりしない……
 そうやって、楓の全部をわかったつもりでいたんだ。

「本気だから」
「待ってかえでっ……だめっ!」

 どうして考えなかったんだろう。
 立ち止まって、向き合わなかったんだろう。
 向けられた好意がたしかなものだったこと。
 だからこそ、愛おしげに頬をなでた楓が次にどうしたいかなんて、ほんの少し考えをめぐらせたなら、たどり着けただろうに。

「……んぅっ!」

 愚かなあたしは、いまになって思い知るんだ。
 押しつけらた唇の熱さを。
 堰を切ったような楓の熱情を。

「っは……だ……や、だ……」

 か細い懇願に、わずかながら離れる熱。
 泣きそうなのは、あたしだけじゃなかった。
 楓だって、顔を歪めていた。

「嫌なら、なんで突き飛ばさないんだ」
「だって、かえでが……っ!」
「こんな近くにいるから、止められなくなる……これ以上、俺を苦しませないでくれ」
「かえでっ、やっ、セ――!」
「頼むから、俺のこと見て。好きだって返して……! それ以外、なにも要らないから……っ!」

 応えてほしいとねがいながらも、言葉をつむがせてはくれない。
 いっそ思考回路を壊してしまえと、キスの雨を降らせる楓は、捨てられた子犬のように怯えていて。
 あたしは戸惑い、しがみつくのがやっと。
 近すぎて、楓が見えない。
 与えられる熱が、ひどく悲しい……

「っ……ユキさん……」

 苦しい……苦しい、苦しい。

「ユキさん…………ユキ」

 窒息しそうなほど深い感情、愛。

(ゆき)……っ!」

 何度も何度もくり返される声音にあてられて、熱い。
 からだが、燃えそうなの。

 甘い熱を逃したくて、身をよじる。
 のばした指先が虚空を掻いた瞬間だった。
 糸が切れたマリオネットのように、あたしの世界はブラックアウトした。