ユキイロノセカイ

「……あんたさ、いつもこんな時間に出歩いてんの」
「はい……長時間レポートしてると、ストレス溜まっちゃって。気分転換に」
「じゃあ真面目な大学生くんに忠告しとく。この辺はさっきみたいなやつらの根城だから、散歩するならルート変えるか、もっと早い時間ね」
「ですね……以後気をつけます」
「あと、それ」
「……え?」
「いかにもな歳下に敬語使うの、やめたほうがいい。ナメられるから」

 じゃ、そういうことで。
 腕をすり抜けたはいいが、背中を向ける前に、反対側をつかまれた。

「……かえで」
「なに……?」
「俺の名前。月森楓(つきもりかえで)。きみの名前を、知りたい」

 教えなきゃ離さんぞと。
 おやおや、なにやら見覚えのある展開だな。

「ユキ。お礼はいいよ。よかったら覚えといて。……なによその顔。あんたが訊いたんでしょ」

 鬱陶しげに扱ってたからか、まさか本当に教えてもらえるとは夢にも思わなかったらしい。
 鳩が豆鉄砲を食らったような面持ちのひよ男、もとい楓とやらにジト目を返せば、首を横にブンブンふられた。

「ちがっ、変な意味はなくて! そっか、名前、ユキって言うんだ……」
「うん」
「ユキ……ユキ、さん」
「おい、さん付けやめろっつうに」
「ムリムリムリ……呼び捨てムリ。俺には厚かましすぎる。ハードル高すぎて激突して死ぬ……!」
「ハードルにぶつかった程度じゃ、ひとは死なん! 人類ナメんな!」
「うわぁああ! 待ってユキさん! 置いてかないで!」
「離せ! 赤の他人に泣きついて、情けないと思わんのか!」
「思わない! だって俺、ユキさんのこと他人って思ってない!」
「いやいや他人でしょ、真っ赤な他人でしょ!」
「ち・が・い・ま・す!」

 通りがかりに助けたことが、どうしてそんなに心にひびいたかは、知らないけど。

「ユキさんは、俺のっ、お師匠さまだッ!」

 なんだかややこしい話になっていることだけは、否定しようがない。

 月森楓。どうやらあたしは、面倒この上ない犬になつかれたようだ。
 はぁ……頭が痛くなってきたんですけど。