激情ヱレキてる

 ──といったケースも考えられますように、先生のおっしゃる新たな電力エネルギーは、画期的なものには違いありませんが、非現実的な要素を拭い去れません。

 いくつか、看過できない問題もあります。

 タイプ情報を非公開にすれば、差別は防げる。
 発電量を他人へ開示しなければ、競争も生まれない。
 送電前に本人の意思を確認すれば、個人の自由も守れる。

 なるほど。
 制度としては、たいへんよくできています。
 ですが。
 それでもひとつ、大事なことが抜けています。

 自分だけは、自分のタイプを知っているんです。
 他人に比べられなくても。
 誰にも馬鹿にされなくても。
 人間は勝手に、自分で自分を測ります。

 私はCだから。
 私は発電できないから。
 私は怒らないから。
 私はこういう人間だから。

 そんなふうに、誰にも貼られていないラベルを、自分自身で貼りつけてしまうことがある。
 激情指数で測定できるのは、あくまで発電に利用可能な生体反応です。

 その人がどれだけ怒っているのか。
 どれだけ悲しいのか。
 どれだけ寂しいのか。
 誰に会いたいのか。
 誰にかまってほしいのか。
 誰を好きなのか。

 そこまで数字にできるわけではありません。
 それに。
 機械が反応するより先に。
 本人より先に。
 誰かが気づくことだってあるでしょう?

『おまえ、怒ってんじゃん』

 なんて。

 だから先生。
 人間の心を電気へ変える前に、まず、その点についてもう少し考察なさってはいかがでしょうか。

 てかぶっちゃけ、これらはつかの間の現実逃避の話題くらいにしかなりません。

 このストレス社会。
 怒りをエネルギーとして発散しよう?
 地球にも優しいし?
 犯罪率も低下するはずだし?

 寝ぼけるのも大概にしなさい。
 個人の感情は、個人のものです。
 他人がどうこうしようなんて、おこがましい。
 ましてや、激情なんて。

 怒りだけじゃないんです。
 寂しいとか。
 悔しいとか。
 会いたいとか。
 かまってほしいとか。

 そういうものまで勝手に測定されて、数字をつけられて、電気に変えられたらたまったものではありません。

 なお、これは一般論です。
 決して私個人の話ではありません。
 そこを勘違いしないように。

 あと。
 そんな夢物語をほざく暇があるなら、明日の数Ⅱで私に勝つくらいの気概を見せなさい。
 こんな茶番のためにすっぽかされたスケジュールのこと、私は絶対絶対、ずぇぇっとぁい忘れませんからね。
 その点、お忘れなきよう願います。

 親愛なる火原あつき先生へ。
 碓氷あかりより。

 追伸

 今度の日曜。
 午前10時。
 駅前。
 遅刻厳禁。
 次はない。

「俺のあかりが可愛いんだがどうしよう」
「お兄ちゃん、顔がうるさい」

 中学生になった妹が思春期だ。

 心外である。
 こちらはテスト勉強のかたわら、恋人とのメッセージのやり取りを楽しんでいただけだというのに。
 もちろん、成績へ影響のない程度に、だ。

 あつきはスマートフォンをながめる。
 画面いっぱいに表示されているのは、あかりから送られてきた長文。

 冒頭だけは、

『火原先生御侍史』

 などと、とんでもなく仰々しい。

 途中までは、架空の未来社会を舞台にした人力発電の思考実験について。
 そして途中から、明らかに私怨がありありと。

「かわいい……」
「キモ」
「お兄ちゃんにキモいとは何事だ!」
「だってさっきから同じ画面見て15分くらいニヤニヤしてる」
「15分!?」
「しかも3回スクショした」
「保存用と、観賞用と、万が一消されたとき用だ」
「キモ。ていうか、リビングで勉強すんのやめてくんない?」

 妹の毒舌はさておき。
 かくいう恋人も、あつきのノリに合わせてくれていたのは最初だけ。
 途中から容赦のない文面へフェードインしている。

 だが。
 それがいい。

 いや。
 それこそがいい。

 あつきは返信欄を開いた。

『親愛なる碓氷あかり先生へ』

 入力。
 少し考えて、消す。

『日曜日楽しみにしています』

 入力。
 やっぱり、消す。

「……固いな」
「『了解』でいいじゃん」
「恋人からこんな大作が送られてきたんだぞ!? そんな2文字で済ませられるか!」
「じゃあスタンプ」
「論外!」
「めんどくさ」

 怒りは負の感情だと、みな言う。
 たしかにそうなのだろう。

 怒らないに越したことはない。
 争いなんてないほうがいい。
 けれど。

 かまってやらないと拗ねて。
 寂しかったくせに強がって。

『別に』
『知らない』
『自分で考えて』

 の三段活用しか言わなくなる彼女へ。

 可愛い以外のどんな言葉が出てくるというのだ。

 あつきは考える。
 そして。
 閃いた。

「よし、これだ」
「ふーん」

 妹は興味なさそうに教科書へ目を戻した。
 あつきは意を決して、メッセージを送信する。

『明日朝イチでキスハグする』

 既読がつく。
 数秒経過して、返ってきたメッセージは。

『テス勉やれバカ』

「かわいい!」
「お兄ちゃんうるさい!」

 妹の叫びを背中に浴びながら、あつきは再びスマートフォンへ目を落とした。
 追加のメッセージが来ている。

『あと、朝イチは人目あるからダメ』
『じゃあ、ふたりきりならいい?』

 既読。

 1分。
 2分。
 3分。

『知らない』

「よっしゃあ!」
「何が!?」
「脈あり!」
「付き合ってるんでしょ!?」

 そうだった。
 とっくに恋人だった。

 それでも毎日、何度でも好きになる。
 たぶん明日も。
 明後日も。
 その次の日も。

 人の心を、A、B、Cの3文字で分類することはできる。
 数値を測ることもできる。
 電力へ変換することだって。
 理論上は、できてしまう。

 けれど。
 その激情が、誰を想って生まれたのか。
 どうして胸が苦しいのか。
 何を伝えたくて、何をわかってほしくて、心がこんなにもさわがしくなるのか。
 そこまで測る機械は、つくられない。
 そんなもの、なくていいのだ。

 怒りや、悲しみ、寂しさ、愛しさ。
 それは、電気になるから価値があるわけじゃない。
 誰かに利用されるために、生まれるものでもない。

 ただどうしようもなく。
 その人の中に、生まれてしまうものなのだ。
 だからこそ人間というものは、厄介で。
 たまらなく、愛おしい。

 ただまぁ、ひとつだけ問題があるとすれば。
 愛情(電力)は、多すぎても少なすぎてもブラックアウトの原因となる。
 そのことを火原あつきが理解するのは──
 果たして、いつのことやら。